第172話 アガルタの変化

 日本人が住むアガルタでは、万象発電プラントの建設が集中的に行われていた。万象発電プラントは、万象エネルギーを集める『万象核』の紋章構造体、その万象エネルギーを熱に変換する『熱変換』の紋章構造体があれば稼働する。


 もちろん、蒸気を作り出すボイラーや蒸気タービンは必要だが、それはこれまでの技術で作り出せる。俺たちは『万象核』の紋章構造体と『熱変換』の紋章構造体を組み込んだ加熱装置を一つの装置として製造し、それをブラックボックス化した。


 簡単に分解できないような構造にし、無理に分解しようとしたら、熱で二つの紋章構造体が溶けるような仕組みを組み込んだのだ。


 その万象発電プラントの建設が終わり、十分な電力が各家庭や工場、オフィスに送電されるようになると、日本人に余裕ができた。余裕ができた日本人が求めたのは、娯楽である。


 最初はテレビを復活しようという案もあったが、アガルタは電波障害があるので計画の段階で潰れた。その代わりに一部だけ復活しているインターネットをアガルタ全土に広めようというプロジェクトが提案された。


 膨大な光ケーブルや中継機が必要な計画であり、アガルタで生産する事になった。政府はオンライン動画共有プラットフォームを運営する企業を募集し、SNSも政府の支援で始まった。


 但し、電波の具合が悪いので、スマートフォンを含めた携帯電話は復活しなかった。

「スマホは復活してもいいと思うんだけど」

 河井が言い出した。

「電波障害はどうするんだ?」

「アメリカは、いろんなところに通信コネクタを設置して、使えるようにしたと聞いたけど」


 アメリカは職場や飲食店で通信ケーブルを接続すれば、スマートフォンが使えるような社会インフラを整備する事にしたのだ。


「同じ事をしようとすると、膨大な費用が掛かるぞ」

「だったら、源斥波通信機を小型化できないのか?」

「研究中だ。今のところ紋章構造体を直径二十五センチまでしか小さくできない」


 持ち運べないこともないが、微妙な大きさだ。まあポケットに入れるということはできないので、スマートフォンのように普及することはないだろう。


「半導体チップなんかは、ナノサイズの加工ができるのに、何で紋章構造体を小さくできないんだ?」

「紋章構造体は、プラチナで作られた導線の内部を、源斥力が流れるんだ。それを小さくすると導線と導線の距離が狭くなって、源斥力が干渉するようになると聞いている」


「ふーん、干渉か。その干渉をなくすような絶縁体みたいなものはないのか?」

「探しているんだが、まだ見付かっていない」


 この源斥力の干渉を阻止する絶縁体を発見するのに、数年が必要だった。それ以降は紋章構造体の小型化が進み、携帯できる通信機の開発が可能となる。


 但し、それは高価なものになると分かっていた。地球とクゥエル支族の技術を融合したものになるからだ。


 とは言え、その新しい融合技術の産物が普及するのは、先の話である。まずは従来のネット環境を復活させる事を目標に計画を進めた。


 日本に残っているコンテンツは多かった。各テレビ局や映画会社のコンテンツ、さらにはDVDやブルーレイの形で残っていた世界のコンテンツをアガルタに建設したデータセンターに登録し、それをネット経由で見れるようにした。


 もちろん、それには資金が必要である。サーバーを維持するだけで莫大な費用が必要で、その資金を企業広告から得る予定だが、それは将来のことで今は国が資金を出す事になるだろう。


「政府は資金に余裕があるのか?」

 国が資金を出すと聞いて、河井が質問した。

「そういう訳じゃない。娯楽は国民の生活にとって重要だからだ」


 昔、市民が求めるものは『パンとサーカス』だと言われていた。これは紀元前のローマ共和制の時代に言われた言葉で、食料を意味する『パン』と闘技場などの娯楽を意味する『サーカス』を市民が欲しているということだ。


「でも、娯楽が映像でなくともいい訳だろ。テニスコートとかゴルフ場、サッカー場などを造って、スポーツをさせたらいいんじゃないか?」


「それもやるけど、全員がスポーツをできる訳じゃないから、ほとんどの人が楽しめる映像コンテンツを見れるようにしようとしているんだ」


 インターネットを復活させようとすると問題になるのが、CPUやメモリーなどの半導体製品である。日本に残っている技術をかき集めても、数世代前のCPUなどを作るのが精一杯だった。


 日本は台湾などに残っている技術者を探し出し、アガルタに移住させて何とか半導体産業を復活させた。幸運だったのは、台湾の半導体産業が消滅した事で働いていた技術者がためらわずに日本へ移住すると決心してくれた事だ。


 それしか自分たちの技術を活かす方法がなかったのだ。一方、アメリカは自分たちだけで半導体産業を食料エリアへ移す事に成功していた。


 理由は分からないが、この頃からベビーブームが到来した。衣食住の心配がなくなり、アガルタで暮らしていけるという安心感が生まれたことでベビーブームとなったのかもしれない。


 そして、時間を掛けてゆっくりと様々な産業がアガルタで復活した。但し、石油などの原料を元にした産業は復活しなかった。大きな産業だったプラスチック関連も消滅したままとなった。


 ただプラスチックの代わりに大きくなった産業がある。生産の木を使って生み出した『生分解樹脂の実』を材料として使う生分解性プラスチック産業である。


 生産の木の種は、十四個あった。そのうちの七個を使ったことになる。ちなみに、クゥエル樹脂の実ができる生産の木もあるが、クゥエル樹脂は人間が手を加えなければ分解することはないので、自然に放置すれば分解する生分解樹脂も欲しかったのである。


 アガルタでは、以前の日本での生活が復活していた。だが、少しずつ変化が始まった。地球時代のような先端科学がどんどん進むということがなくなったのだ。


 その代わりに俺が責任者となっている立体紋章研究所で大きな発見が続き、立体紋章を基礎とする技術が発展を始めたのである。


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