第163話 台湾・フィリピン・マレーシア

 台湾では謎の声が初めて響いた時から、日本以上に混乱したらしい。台湾は日本以上に人口密度が高く、強い異獣が数多く出現したらしい。


 そして、食料自給率も日本より低かったので、食料の確保も難しかったようだ。そのせいもあり、年寄から次々に亡くなり人口が一割ほどまで減ったらしい。


 異獣との戦いでも多くの人が死に、スキルを得て制限解除水晶を得るほど強くなった者は少なかった。それに制限解除水晶の存在を知った時期が遅かった事で、一つしか手に入れられないという結果になったようだ。


 生き残った台湾人は、何とか食料エリアへ逃げ込んだ。だが、日本ほど食料エリアの開発が上手くいかなかった。日本は生産の木や紅雷石を発見したが、台湾人は遺跡の調査をする余裕もなかったという。


 フィリピンやマレーシアも同様で、食料エリアの開発は難航している。

 日本の漁船と接触した台湾人は食料エリアに戻り、フィリピン人やマレーシア人と話し合い、代表団を日本へ送ることにしたらしい。


 俺はその代表団を迎える一員に選ばれた。大島まで行って待っていると、大型のヨットが大島の港に入港した。


 俺は河井と一緒に港へ向かう。乗り物は紅雷石発電装置付きの小型電動バスである。大型ヨットの傍に十人ほどの集団がいるのを目にして、俺はバスを近づけた。


 バスを降りて、河井が話し掛けた。

「ようこそ、日本へ」

 その代表団は、台湾人四人、フィリピン人三人、マレーシア人三人という構成になっており、食料エリアに出来た新しい政府の代表ということだった。その代表団は、日本語が話せるらしい。


「皆さんは、日本語が話せるのですね。良かった」

 河井がホッとした顔をする。そして、代表団をバスに乗せた。

「これから、どこへ行くのですか?」


 台湾人のよう少博しょうはくという人物が台湾代表のリーダーで、その葉が質問した。

「もう少し北へ行ったところに、宿泊施設があるので、そこで話し合うことになっています」


 フィリピン人のサントスが、バスの内部を観察して声を上げる。

「このバスは新しいようだが、最近作られたものなのですか?」

「これは去年購入したものですから、その前に作られたと思います」


「なるほど、日本はバスを製造するだけの工業力を残している、ということですな」

「日本にある工場は、ほとんど破壊されましたから、食料エリアで細々と作っているという状況です」


 サントスが溜息を漏らす。

「作れるだけマシです。我が国は車を作る工業力を失いました」

 それを聞いたマレーシア人と台湾人たちが、自分たちもそうだと言い出した。


 自動車産業は多くの部品を必要とするので、その産業を食料エリアに持ち込もうとすると、大変な作業になる。台湾などが諦めたのも仕方ないと思った。


 大島ホテルと呼んでいる宿泊施設へ到着すると、代表団を降ろしホテルの部屋に案内した。二時間ほど休憩することになり、俺と河井はロビーでコーヒーを飲みながら話し始めた。


「あの代表団の中に、危険そうな人物は居たか?」

「『毒耐性』などのスキルは持っているようだから、異獣と戦った経験はあると思うけど、最高でも個体レベルが『8』くらいじゃないかな」


 河井の個体レベルが『40』ほどなので、それと比べれば大したものではない。問題を起こしそうな人物は居ないようだ。俺たちが参加しているのは、危険な人物を逸早く選別するためだった。


 二時間後に会談が始まり、竜崎が質問した。

「あなた方が接触した漁船の船長からの話によると、食料エリアで困った事態が起きているので、助けて欲しいということでした。それで間違いありませんか?」


 台湾の葉が代表して答えるようだ。

「はい、台湾やフィリピン、マレーシアは地球側に製造設備などを残して、食料エリアへ逃げ込みました。それらの製造設備は、異獣により破壊されてしまい、あらゆる物の製造能力を失ったのです」


 それらの製造設備は、石油製品などを多数使って製造するものだろうから、たぶん食料エリアへ移しただけではダメだったはずだ。アガルタでは、生産の木から採取したクゥエル樹脂を使って部品を作り、バスなどを製造している。


 クゥエル樹脂は様々な材料と混ぜると、特性が変わることが分かってきたので、研究が始まっている。このクゥエル樹脂なしでは、アガルタでも元と同じような性能の自動車は作れなかっただろう。


「なるほど、それで日本に助けて欲しいというのは?」

「発電設備です。我々も原始的な発電機や変圧器は作れるのですが、やはり発電効率や変圧器の効率が悪くて困っているのです」


 予定した電力が得られずに困っているらしい。代表団の人々は、アガルタが紅雷石発電装置や万象発電プラントを持っているとは知らない。


 なので、発電機や変圧器を求めているのだろう。知っていたら、紅雷石発電装置や万象発電プラントを求めていたはずだ。


「その発電所は、どんな発電方式なのですか?」

「水力発電です。何とかダムを造り、台湾で製造した発電機を設置したのですが、予定の半分ほどしか電力を作り出せなかったばかりか、すぐに壊れてしまったのです」


 製造設備を失ってしまった台湾では、大部分を手作りするしかなくなり、精密な部品を作れなくなっていたらしい。そのおかげで新しく製造した大出力の発電機は使い物にならなかった。


 竜崎と他の州の代表が話し合い、発電機と変圧器の製造を引き受けることにした。フィリピンとマレーシアも同じような依頼だったので、それも引き受ける。


 代表たちから食料エリアの様子を聞いて、彼らがどういう社会を目指しているか知った。彼らはヨーロッパに似た社会を目指しているようだ。


 ただヨーロッパよりローテクな世界を目指しているらしい。彼らは水車や風車などを利用する社会を目指すという。ただ電話などの通信装置や医療装置、医薬品などの生産と軽工業には電力を使う予定だそうだ。


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