第11話 商店街の保育士

 シャドウバッグに入り切らなかったものの中から、水とパスタを取り出し食事を作ることにした。バックヤードには卓上コンロとアルミ鍋があった。従業員がちょっとした料理を作っていたのかもしれない。


 味付けは在庫にあったケチャップだけである。出来上がった具なしのナポリタンのようなものを食べた。半年ぶりで食べるナポリタンは、単調な味がした。


「でも、美味しく感じるのは、ちゃんとした料理は久しぶりだからかな」

 俺は瞬く間に食べ尽くした。


 食べ終わった俺は、バックパックに卓上コンロと洗った鍋、それに残っている在庫品を詰めてから担いだ。かなり重いが、レベルが上がりパワーアップした今なら苦にならない。


 コンビニを出た俺は東へ向かう。西京町を出るまでに二匹のワイルディボアと遭遇し倒した。ワイルディボアの額に全力でハンマー振り下ろすと、巨大な猪は脳震盪を起こしたようにふらふらとなった。


 後はボコボコにして仕留めた。ハンマーで巨大な猪を仕留めるのは苦労したが、レベルが上がることで得たパワーを使えば仕留められないこともないと分かった。


「何とか倒したけど、やっぱりハンマーがメイン武器というのはダメだな。早い時期にちゃんとした武器を手に入れないと」


 西京町から天王寺町に入ってすぐに、豚の顔をした化け物に遭遇する。

「ブギャッ」

 体長一九〇センチほど、肥満のプロレスラーみたいな体形である。ボロボロの短パンだけを身に着け、手には大きな牛刀を持っている。力はありそうだが、素早くはないようだ。


「これって……オーク?」

 牛刀を振り上げ襲いかかってきた。背丈は同じくらいだが、身体の厚みが倍ほども違う。迫ってくる迫力は、ミノタウロスに近いものがあった。


 そのせいなのか、俺は少しパニックを起こしたようだ。対応が一瞬遅れてしまった。それでもぎりぎりで斬撃を躱し、オークの頭にハンマーを叩きつける。プロレスラーのような巨体がゆらりと揺れた。


 ダメージがあったようだが、一撃では倒れない。俺は何度もハンマーを叩き込んだ。オークが苦しまぎれに牛刀を振り回す。


「わっ、危ねえ」

 反射的に跳び退いて避ける。あの牛刀を何とかしなきゃ危ない。チャンスを待って、牛刀を持つ腕にハンマーを叩き込んだ。オークの手から牛刀が飛ぶ。


 その時になって、操炎術について思い出した。左手を突き出し掌をオークに向ける。精神の奥にある【炎射】のスイッチを押した。


 左手から炎が噴き出しオークの顔を焼く。オークは手で炎を遮りながら後退した。俺はオークが落とした牛刀を拾い上げ、持ち主の腹に突き刺す。


 それが致命傷となったようだ。オークは粉々になって粒子となり、それが闇属性の心臓石へと変わる。一つ不思議なことが起きた。俺が持っている牛刀が消えなかったのだ。


 ミノタウロスが持っていた巨大な斧も死ぬと同時に消えてなくなったのに、オークから奪った牛刀は消えなかった。


 なぜだ? なぜ消えない。もしかして、オークから武器を奪い取ったからなのか? 俺は牛刀を念入りに確認した。全長五〇センチ、刃渡り三五センチほどだろう。柄の部分は石みたいな素材で作られている。

「これなら、武器として使える」


 次にオークと遭遇した時、実験してみた。牛刀を持っている腕を斬り飛ばしたのだ。俺がオークを仕留めた後、そいつが持っていた牛刀も消えた。


「何でだ。最初のオークと何が違う?」

 もしかして、持ち主のオークを牛刀で仕留めたからなのか。それで所有権みたいなものが、オークから俺に移ったのだろうか?


 次にオークと遭遇した時、そいつから奪った牛刀を使って仕留めた。推測は当たった。その牛刀も消えなかったのだ。俺の手には二本の牛刀が残った。


「そうか。こいつらの所有物を奪うには、こうすれば良かったのか」

 俺は危険な実験をしながら東へと進み、天王寺町を抜け犬山町に入る。ここは小規模だが商店街があり、にぎわっていた町である。


 しかし、今はたった一人の人間もいない。商店街の通りには、何台もの車が玉突き事故を起こしたまま放置されていた。


 建ち並ぶ商店はシャッターがこじ開けられ、中が荒らされていた。特に食料品を売っていた店は、荒らされ方が酷い。商店街の中央付近にあるスーパーを覗いてみた。ガラスが割られ中が荒らされている。コンビニと同じだ。


 その時、何かが争っている気配を感じた。俺は用心しながら、正体を確かめるために向かう。もしかして、人間かもしれないという希望を持ったのだ。


「こっちに来ないで!」

 スーパーの奥に二十歳くらいの女性と醜い小鬼が争っていた。小鬼はゴブリンと呼ばれている種族のようだ。ゴブリンは緑の皮膚をしている。身長は一三〇センチほどで、手には棍棒を持っていた。


 女性の方は包丁のようなものを構えながら後ずさっている。

「グゲゲッ」

 奇妙な声を出しながらゴブリンが襲いかかった。俺は駆け付け、背後からゴブリンの背中に斬撃を浴びせる。その一撃でゴブリンは倒れた。残った心臓石は黒色、闇属性の種族らしい。


「大丈夫ですか?」

 女性は恐怖で固まった顔で、こちらを見た。そして、震えながら頷く。


「御手洗グループの方ですか?」

 どうして、そんな質問をするのか分からなかったが、俺は違うと答えた。

「そうなんですか。助けて頂きありがとうございます」


 その時になって、相手の女性が超可愛いのに気づいた。それに瞳の色がブラウンや黒ではなくブルーである。どうやら純粋な日本人ではなくヨーロッパ系の血が混じっているらしい。


「俺は摩紀小次郎。大学生です」

「私はエレナ。東上町で保育士をしています」

 彼女は名字を言わず、名前だけを答えた。少し不審に思い問い質すと、名字が『鬼熊おにくま』であり、名字で呼ばれたくないらしい。


「ところで、事情を教えて欲しいんだが、日本はどうなったんだ?」

 エレナが首を傾げた。その仕草が可愛らしい。


「俺は小さな島に半年ほどいて、やっと耶蘇市に戻ってきたんだ」

「じゃあ、あの騒ぎを知らないんですか?」

「教えてくれ」


 エレナの話によると、あの不思議な声が初めて聞こえた日、世界全体で地震が起こったらしい。日本だと地震は珍しくもないが、ほとんど地震を経験したことがない人々が暮らす国では大騒ぎしたようだ。


 そして、その瞬間から化け物が暴れたという事件が発生するようになった。それも都市部での発生率が高かったらしい。それに加え、油田地帯に化け物が発生し石油採掘施設を破壊した。


 その頃、日本では都市部で化け物が暴れ回っていた。しかも電磁波を発生しているものを攻撃するマグネブバードという怪鳥が飛び回ったために、携帯やスマホの中継機が破壊された。同様の理由でラジオもテレビもダメになった。


 マグネブバードは電力設備と高圧電線も破壊した。それらの設備からも電磁波が発生していたからである。日本中が停電し、人々は屋内でジッと耐えることを選んだ者が多かった。政府が何か手を打つと期待したのだ。


 一番身近な情報入手方法であるスマホやテレビなどが使えなくなったので、人々はパソコンを利用して情報を入手しようとした。メールなどで情報をやり取りしていた人々は、その時点まではパニックを起こしていなかった。だが、東京でオークの群れが暴れ回り人々を惨殺し始めた頃から様子が変わった。


 原因が不明のまま倒れる人々が続出したのである。謎の感染病が蔓延を始めたと噂された。しかし、それは感染病ではなく、化け物が吐き出す毒が原因だと判明した。


 人々は化け物が多く発生した都市部から逃げ出し始めた。だが、逃げ出そうとする人々を化け物が襲いパニックとなったらしい。


「農村地帯や山間に逃げ出せた人々は、半分もいないのではないか、と言われています」

「マジか。たった半年くらいで……」


 島にいた半年間で起きたことを知った俺は、エレナがここで何をしていたのか尋ねた。

「食料を探していました。農村地帯に逃げ込んだ私たちも、食糧不足で困っているんです」


「でも、女性一人がゴブリンの居る町に来るなんて、危ないじゃないか」

「仕方ないんです。『毒耐性』のスキルを持っている者が、私しか……」

 異獣が居る場所へ行けるのは、『毒耐性』のスキルを持つ者だけらしい。俺も同じスキルを持っているので、大丈夫だったようだ。


「それで食料は見つかったのか?」

「いいえ、見つける前にゴブリンに発見されてしまいました」

 俺はスーパーの内部を見回した。陳列棚に食料はないようだ。コンビニのことを思い出し、バックヤードを見にいく。


 この店のバックヤードへの入り口は、南側にあった。ドアを開け中に入ると、ダンボール箱の残骸が散らばっている。ここも荒らされたようだ。


「ここにもないみたい」

「他の奴らも、ここを探したんだろ」

「そうですね。危険を犯して、ここまで来たのに」

 エレナが悔しそうな顔をする。


 俺はバックヤードを見回し、必ずあるはずのものがないのに気づいた。重いものを運ぶ台車である。誰かが持っていったのだろうか。しかし、台車は屋外で使うには不便だ。持っていくだろうか?


 何かの役に立つかと思い、台車を持っていった可能性は否定できない。ふと床を見ると、何か重いものを引きずったような跡がある。その痕跡は防火扉の方へ続いている。


「もしかして……」

 俺は防火扉を開けた。その奥に小さな倉庫のようなものを発見。倉庫の片隅には、台車が折り畳まれて置かれている。


「ヨッシャ!」

 思わず喜びを声を上げた。


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