第10話 無人島脱出
竹を束ねて製作した筏に乗って海に出たのが冬の終わりの頃。そして、ついに耶蘇市に戻ってきた。筏は耶蘇市のデベソのように日本海に突き出た
「……やっと、帰ってこれた」
俺はちょっと涙ぐみながら呟いた。真っ黒に日焼けした顔で上陸した俺は、筏に載せていた四〇リットル以上の容量があるデカいバックパックを担ぎ上げた。
この中には着替えと食料、それに水が入っている。重さは二〇キロほどあるだろう。武器として山刀を持ち上げて、どうしようか迷った。
刃渡り五.五センチ以上の刃物は、所持して出歩けば銃刀法違反になる。山刀は確実にアウトだ。
「しかし、武器を持たずに行くのも不安だ」
結局、山刀を布でぐるぐる巻きにして持ち運ぶことにした。布はテントとして使っていたものを利用する。
「さて、行こう」
俺は、自宅のある西京町に向かった。西京町は白眉山から南東方向にある住宅街である。海岸から白眉山を周回している道路を東へ歩く。普段から車の交通量は多くない道なので、車を見かけないのは不思議に思わなかった。
しかし、交差点で南に向かい住宅街に入っても走っている車を一台も見かけないことには疑問を持った。どうしたんだ? 車どころか人の気配がない。ゴーストタウンみたいじゃねえか。
それに加え、アスファルトが掘り返され土が見えている。その土から雑草が生えているので、予算の少ない発展途上国の道路のようになっていた。
俺はキョロキョロと周囲を見回した。この辺りは庭付きの一戸建てが多い場所で、庭が荒れ放題になっている。どの家も住人がいないようだ。
やっと路上に置き去りにされている車を見つけた。その車は破壊されていた。何かがぶつかったような壊れ方である。
建物自体もボロボロになっているものが多くなった。自動車が突っ込んだような壊れ方をしている。
「なぜ、誰もいない。ここでも何かがあったのか?」
俺は志木島と同じようなことが、ここでも起こったのではないかと想像し身震いした。島の桟橋で死んだ男性のことを思い出したのだ。
本当に異獣がここにも現れたのなら、人々はどうしたのだろうか? 普通ならどこかに避難するはずだ。両親は避難したのか?
自宅までもう少しのところで、巨大な猪と遭遇した。体重が一五〇キロほどもありそうな猪である。特徴は
異獣知識によれば、ワイルディボアと呼ばれる化け物のようだ。
「何で、こんな街の真ん中に猪が居るんだよ」
俺は理不尽な気がして、猪に怒鳴った。
ワイルディボアが蹄でアスファルトを削っている。こいつが道路と車をボロボロにした犯人のようだ。いきなり大猪が走り出した。当然、俺を目掛けてである。
俺は荷物を放り出し山刀を取り出したが、布を卷いているのに気づいて慌てた。とりあえず、猪の突進を躱す。ワイルディボアは横を通り過ぎ、後ろにあった塀にぶつかり大穴を開けた。
「建物が壊れているのも、こいつの仕業か」
山刀から布を外す。山刀を構えた俺は、ワイルディボアを睨む。アスファルトを踏み砕くような勢いで突進してきた。山刀を振り上げた俺は、突進を躱した。
躱しながら全力で山刀を猪の首に叩き込む。山刀の刃が深く首に食い込み致命的な傷を与えた。猪は倒れ心臓石に変化する。だが、その衝撃で山刀が折れた。
「うわっ、折れた。やっぱり鋼鉄製にしないとダメか」
レベルが上がり力が強くなったせいで、山刀が耐えきれなくなったのだ。もちろん、力任せに山刀を振っている俺が悪い。『刀術』のスキルは持っていても、初心者レベルなので仕方なかった。
「はあっ、まあいいか。ここなら武器になるようなものが見つかるだろう」
俺は心臓石を拾い上げた。茶色をした土属性の心臓石だ。この心臓石なら防刃布を作れる。
俺は両親のことが気になって、自宅へ急いだ。俺の家が見えた。家の壁に大きな穴が開き、屋根瓦の一部が庭に散乱している。
俺は不安になり駆け出した。家のドアを開け中に入る。
「母さん、父さん」
返事はない。一階には誰もいないようだ。不安が一層強くなり、階段を駆け上がり二階へ。
両親の寝室に向かう。そのドアの前に立って、不安が最大となった。頼む、神様……俺は神に祈った。静かにドアを開けた。そして、二体の遺体が目に入る。
崩れるように床に座り込み、眼から涙が溢れ出す。
「……そんな……嘘だろ……」
夢であってくれ、と祈りながら白骨化した遺体を見つめる。遺体は寄り添うように並んで床に横たわっていた。
どのくらい時間が経ったのか分からないが、外が暗くなっていた。俺はのろのろと立ち上がり、自分の部屋に入る。部屋の中は元のままだ。
照明のスイッチを入れたが、点灯しなかった。電気が来ていないようだ。俺は久しぶりにベッドで眠った。
朝日が昇り、その光で目が覚めた。自分の部屋で眠っているのが分かり、昨日の出来事を思い出す。机を見ると、その上に白い封筒が置かれていた。
起き上がって白い封筒を手に取る。中には母親からの手紙が入っていた。両親は異変が起きた時、自宅にいたようだ。市の放送車が街を回り、市の東側を流れる東砂川より東に避難するように告げたらしい。それでギリギリまで俺を待ってから、避難すると書かれていた。
「何でだよ。避難するんじゃなかったのかよ」
両親に何があったのか分からないが、寝室にあった遺体は間違いなく両親だった。白骨化した指に填まっている結婚指輪に見覚えがあったからだ。
両親の寝室に入って遺体の指から指輪を抜き取った。ポケットに仕舞い、遺体を毛布に包み一階に運ぶ。玄関まで運んでから外に出た。
物置からシャベルを持ってきて、臨時の墓穴を掘る。そこに両親の遺体を埋めた。土を戻し墓石の代わりに大きな庭石を置いた。
「最後まで、俺を待っていたのかな。早く避難してくれたら良かったのに……」
俺は唇を噛み締め、手を合わせて祈った。
少し心が落ち着くと、幼馴染の美咲のことが気になり始めた。美咲の家は三軒隣りの家である。その家を探したが誰もいなかった。遺体もなく少し安堵した。
「美咲は、避難したのかな」
東砂川の東側というと、東上町と東下町があり、その奥に農村地帯が広がっている場所である。
俺は自宅の東にある東上町に向かうことにした。
「それにしても、腹が減ったな」
その時点で、島から持ってきた食料の全てを食べ尽くしていた。
俺は近くにあるコンビニに向かった。武器として自宅からハンマーを持ち出した。重さは一キロほどあるだろう。化石発掘の趣味があった祖父が、石を割るのに使っていたものだ。
コンビニに到着。ガラスが割られ、中は無残なものに変わっていた。陳列棚は倒れ、ほとんどの商品がなくなっている。残っている商品は文房具などだけだった。
「何もないな。バックヤードはどうだ」
コンビニのバックヤードとは、倉庫・事務所・機械室・事務室などが配置されている従業員しかはいれない場所だ。
ドアがロックされていたので、鍵を叩き壊してバックヤードに入った。そこには事務机と椅子、それにカーテンの後ろにロッカーがある。
在庫としてミネラルウォーターと炭酸飲料数箱、缶ビール数箱、パスタ麺、油や砂糖などの調味料があった。全部を持っていきたい。だが、バックパックに入る量ではなかった。
「どうするか?」
方法がないわけではなかった。一つは壊れていない車を見つけて、それに積んで運ぶというものだ。これは車のキーを見つけられるかが問題だろう。もう一つは、影空間に同調できるバッグを作ることだ。シャドウバッグと呼ばれるものである。
今まで作らなかったのは、筏作りを優先していたからだ。シャドウバッグを作るために必要な闇属性の心臓石は、小さな心臓石で八〇個ほど必要だった。
島で集めた闇属性の心臓石が一〇〇個ほどあるので十分だ。心臓石加工術を使って、八〇枚の影空間と同調機能を持つ布を作った後、形質加工の能力で布からバックに成形する。
シャドウバッグが完成した。長さ九〇センチ・幅四〇センチ・高さ五〇センチの巨大な黒いバッグである。取っ手とファスナーの代わりとなる四本の紐が付いている。
【影空間】を発動し、本当にシャドウバッグが入るか試してみた。床に出現した黒い影空間にシャドウバッグがスルスルと入ったのを確認してから影空間を解除する。
シャドウバッグを呑み込んだまま影空間が消えた。もう一度【影空間】を発動し、シャドウバッグを取り出す。
「いいぞ。これで荷物の運搬が楽になる」
俺はシャドウバッグにコンビニの在庫を入れ、影空間に沈めた。
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