引力の魔法

 善神は自らが落とした隕石を利用し、ガーラヘル国民のエーテル属性を光に変えようとする。

 隕石が明滅するたびに、義兄の身体の内臓が圧迫されるように痛み、感覚を共有するステラはその苦痛に顔を歪ませる。ジェレミーは善神によってエーテルの属性を光に変えられてしまったはずなのだが、もしかすると、ステラの魂がこの肉体に入り込んだことにより、闇の属性によってしまったのだろうか?


(この感覚……身体が弱めな人にとっては耐えられないくらいの痛みなのかな?? なんとかしないと)


 他の国民が心配ではあるけれど、とりあえず自分の苦痛を和らげたい。

 ステラは隕石の上に立つ善神を睨み付けてから、タンッと地面を蹴る。

 数日かけて義兄の訓練の様子を見せてもらったから、きっと出来るはずだ。


「【邪竜鋭爪】!!」


 義兄がアジ・ダハーカと共に生み出した剣技【邪竜鋭爪】は短刀を二本使用する。

 短刀と連動して動く巨大な硬質な金属の刃を4つ出現させ、巨竜の爪のように動かすのだ。

 動きが大きいため対人にはあまり向かないが、体積の大きな物体・モンスターにはかなり効果的に立ち回れる。


 大きく跳躍したステラが善神ごと隕石を砕こうとすると、案の定善神にヒラリとかわされる。

 しかし、本命の隕石にはシッカリと突き刺さり、そのまま剣先を回転させるようにして、まずは縦方向。それが倒れるより前に、横から、斜めからとジグザグに、破壊する。


 ステラが地面に着地すると、隕石の破片がバラバラと落ち、そのどれもが暗色に戻った。おそらくこれで、エーテル属性を変更させるような効果は失われたと考えてよいだろう。


「……オリハルコン並の硬度があるのですが、いともたやすく壊してくれますね」

「ふふん! 今の私にかかったら、こんなの直ぐに壊せちゃえるですよ」

「ジェレミー・マクスウェルの実力はガーラヘル王国一とはいえ、その隕石を軽く壊せるほどではなかったはず。貴女もまた、その肉体に何かを施したのでは?」

「忘れてしまっているかもですが、今の私はアイテム士なんです。だから”黎明の香”を素材にして、役に立つアイテムを作ったです」

「もしや、”黄昏の煤”を?」

「だったらどうしたですか?」

「妙に納得しましたよ。あれを使用したから、私が事前に介入していたにも関わらず、ジェレミー・マクスウェルの肉体に入れたのですね。その異様に高いステータスも、”黄昏の煤”のお陰……。まったく、あの方はいつでも私の味方のような振りをするくせに、何気なく貴方に力を貸すのですね」

「へ? あの方?」

「こちらの話です」


 会話の途中で独り言を始められては返事に困るので、やめてほしいものだ。

 それはそうと、”黄昏の煤”は『使用者の魂を肉体にとどめ置きつつ、邪神が一時的に使用者の身体を支配する』効果の他に、『邪神のステータスの30%分が使用者のステータスに加算される』効果がある。だからこそ、義兄の元々の強さ以上の力を発揮出来ている。

 しかし、効果はたったの半日。

 国教の長々とした儀式に参加した所為で、”黄昏の煤”を使用してからすでに5時間経過しているため、なるべく早くけりをつけたい。


 近接的戦闘に慣れていないステラではあるが、自分から殴りかかる覚悟を決める。義兄の体内を流れるエーテルを把握し、行使するのは引力に作用する魔法。


「もう、トロいなんて誰にも言わせねーです。【グラビデーション:朔】!」


 ステラは目の前に漆黒の球体を出現させ、それをその場にとどめおく。

 移動するのは自分だけ。【瞬間接近】を使用し、一瞬にして善神の背後へと回り込む。


「くたばっちゃえです!!」


 【暴風】で【属性付与】した短刀をクロスに引くようにして、翼の生え際にたたき込もうとする。しかし刃が肉に到達するより早く、4つの翼が強力な空気の層を作り出し、まるで手応えがない。

 次の一手を考えている間もない。振り返りもせずに突き出された金錫が腕に直撃し、義兄の防御力をもってしてもだいぶ痛い。

 苦し紛れに繰り出した中段からの雑な横蹴りは、意外なことに、うまく働く。


 善神は前方に吹き飛んで、ステラが事前に出しておいた漆黒の球体がその腹部にめり込んだ。


「かっ……は……。綺麗な闘い方をする方々とばかりと相手をしていたせいで忘れていました。貴方の闘い方はとても汚い……」

「手加減してたら、貴方には勝てないんです」

「そうですか。この玉の周囲に強い引力を発生させていますね」

「それだけじゃないです。貴方はその玉に触れるたび、エーテルを吸収されちゃいます」

 ステラは善神に向かって、にたりと笑ってみせた。

 しかし、彼もまた穏やかな笑みを浮かべたのだった。

 

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