重い仕事の引き継ぎについて
ロカから来客の知らせを聞いたステラは一階の居間に向かう。
本日の訪問者であるブリジットとは、彼女の祖母であるアレムカの件で色々あった。
ステラは階段を下りながら老女アレムカをムショ送りにした時の詳細な記憶を取り戻し、しだいに気分が重くなる。もしかしたらステラはそのことでブリジッドから敵意を向けられてしまうかもしれないのだ。
消極的な感情は身体機能に影響するもので、居間の扉をノックしようと持ち上げた拳は扉から15cmくらいの辺りから動かなくなる。
しかしキッチンの方から歩いてきたエマが近くで止まり、一切の曇りもない目でステラをじっと観察しだすものだから、このままでも居られない。
仕方がなしに扉を3度叩く。
「ステラ・マクスウェルです。入っちゃってもいいですか??」
「どぞ~」
「失礼するです」
返事の声はなかなかに明るい。
ステラは訝しく思うものの、こそこそと居間に入り、ぎこちなくお辞儀する。
「久しぶりなんです。ブリジッドさん」
「久しぶり~。元気してた?」
「元気してたですっ」
「ふーん。そんな所に立ってないで向かい側に座れば?」
「う、うん」
ブリジッドはすでにステラとのゴタゴタについて引きずっていないようだ。
そのあまりにも軽い調子に拍子抜けするけれど、文句を言われるよりはずっといい。
ステラは安堵して一人がけのソファにボフンと座った。
改めてブリジッドの姿を見てみると、相変わらずド派手だった。
オレンジ色の髪の毛は綺麗にまとめてあり、服は上下とも発色の良い赤色だ。だが、かっちりしたスーツなので、それなりにかっこいい雰囲気にまとまっている。
ステラに会うだけにしては気合いが入りすぎている気がして、ステラは首を傾げた。
「今日は出来る女性風に見えるです……。ていうか、まるで私の帰国を待っていたかのようなタイミングで来たですね」
「そうだよ。昨日ステラと同じ学校の子がうちのお店に来たから、色々教えてもらったんだ」
「ひ……。個人情報だだ漏れなんです……」
「向こうが勝手に喋るんだよ。ステラが魔法学校に居ない間、生徒達は良くうちを利用するからね」
「そんな裏事情があったですか」
「そそっ! で、本題なんだけどね。今日はステラにおばあちゃんの頼み事を伝えに来たんだ!」
「む……。嫌な予感しかしねーですが!!」
ブリジッドの祖母アレムカからは以前、わけありダイアモンドの破壊の依頼を受けている。その時の苦労を思うと、嫌な顔をせざるをえない。
目を細めて身構えてみせると、ブリジッドはヘラリと笑う。
「おばあちゃんの頼み事はそんなにおかしなものではないよっ。元々ウチで請け負っていた仕事を、今度からステラにやってもらいたいってだけだからね」
「仕事??」
「アレだよ、アレアレ! 以前渡したあの特別なレシピ! ”黎明の香”を王家に納品してほしいんだ!」
「うわぁ、黎明の香ですか……」
プレッシャーを感じたステラは笑顔のままうつむく。
そのアイテムのレシピについては、一度自分で作ってみたくて、高レア素材を集めた。だけど、”高純度ナスクーマ大聖水”を得てから殆ど日が経っておらず――というか、帰国やらで忙しかったので、まだ”黎明の香”を作れていなかったりする。
(どうしよう。王家っていうと、エルシィさんはもちろん、実のお母さんとかお父さんとかが使うのかな?? 粗悪品を渡しちゃったら、困らせてしまうかも)
微妙な表情で黙り込んでいると、ブリジッドはステラの心情を読み取ったのか、明るい声を張り上げた。
「気負う必要なんかないって! ウチのおばーちゃんなんかどんなアイテムでも適当に作ってたし、”黎明の香”だってきっと雑だったと思うんだ!」
「……そんな言葉でやる気が出ると思うなです」
「レシピ通りに作ったらいいだけじゃん!」
「うーん」
「とりあえず今日はさ、私と一緒に王城に行こう!! ステラを担当者に紹介しなきゃなんだ!」
「今から王城!?」
「いいでしょ?」
「……だ、だから今日のブリジッドさんはそんなにキッチリな格好してるですか」
「うん。でも、ステラはちっちゃい子だし、魔法学校の制服でもいいよ」
ブリジッドの強引な話に、クラクラとしてくる。
こんなに急にガーラヘル城に行こうと言われて、快諾する人間がいるだろうか?
「今日はちょっと……。あー……。もしかして、その担当者さんにすでにアポをとってたりするですか??」
「もちろん取ったよ。てか、社会人なんだから訪問先に予約入れるのは普通でしょ?」
「私には予約とんなかったです!」
「私とステラの中でしょ~! 仲良くしよ~」
目の前の女性の笑顔が、性悪な老女にとても良く似ているように見え、ステラは心底ウンザリとしてしまった。
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