寒空の下、敵陣に乗り込む

 時計塔で術式を得た時には既に時刻は夕方になっており、ステラ達は一度宿舎へと戻る。学院での留学生活は終えているが、一応明日までは宿舎の部屋を貸し出してもらえることになっている。

 宿舎に入るとエルシィが待ち構えていて、彼女から記念品を見せてもらったり、一緒に夕食をとったりしながら過ごすことが出来た。



 ――その日の夜。

 背中をユックリと揺らされる感覚に、ステラは目を覚ます。

 怪訝に思いながら首を動かしてみれば、暗闇の中で無表情なエマが見下ろしていて、少々驚いてしまう。


「……む? エマさん?」

「ステラ様は食堂から戻って来てから直ぐに、ソファで寝た」

「うわぁぁ! やばいんです。イブリンさんとの予定あるのに!」

「大丈夫。今、スカルゴブレッドの人が迎えに来たから」

「あ、……そうだったですか」


 どうやら寝過ごしては居なかったようだ。

 ホッと胸を撫でおろしてから、起き上がり、エマの手を借りてコートを着込む。

 準備をしている間に、テーブルの上に突っ伏していたアジ・ダハーカも目を覚まし、「もうこんな時間か」とステラのフードの中に入った。

 なんだかフードの重みで肩が凝る感じがするけれど、彼もまた寒さに弱いので、今夜は許すことにする。


「エマさん。迎えの人はドアの外に居るです?」

「うん」

「対応してくれて有難うでした。行って来るです」


 ドアから顔を覗かせてみると、外に立っていたのは見覚えのある少女だった。

 ダンジョンの中で、ガーラヘルの先輩ヘッセニアとペアで行動していたと記憶しているけれど、彼女もまたスカル・ゴブレッドの一員だったらしい。

 ステラと目が合った瞬間、彼女は気まずそうに下を向く。

 

「お待たせしましたです。ちょっと居眠りしちゃってました」

「……イブリンに言われて迎えに来たわ。本当に行く気? めておいたほうがいいような……」

「連れて行ってほしいです!」

「そ……そうなんだ。じゃあ付いて来て」

「ほい!」


 少女は嫌そうな顔をしながらも、先を歩きだす。

 ステラは部屋を出る前に一度室内に居るエマの方を振り返る。彼女はトテテ……と近づいて来て、か細い声で【守りの唄】を歌う。


「~~♪ ……♪ バレないように付いて行く」

「宜しくですっ」


 ホンワリと微笑むエマに対してステラはニカッと笑い返し、先を行く少女の後を追いかける。

 彼女はしきりに自分の両腕を擦り、震えるような声を発する。


「――この寄宿舎に入ったのは初めてなのだけど、不気味だわ。いつもこんなに静かなの?」

「もう消灯時間ですので、皆寝ちゃったかもなんです」

「ああ……今日は交流会があったから、疲れている人も多いってことなのね」


 理由に納得がいったからなのか、彼女は歩く速度を上げた。

 フードの中の相棒が「あの者はこれからお主を巻き込むことへの罪悪感にさいなまれているようだな」などと呟くので、ステラは慌てて「しー」と黙らせる。


 静まり返った宿舎から一歩外に出ると、やはりかなり冷たい夜風が吹いていた。

 幸いにも先日降った雪は日中に大幅に溶けてくれたようで、歩きやすい。だけど寒さに弱いステラにとっては、この環境でも充分に苦痛である。


 寄宿舎のゲートまで来てから、ステラはクルリと振りあおぐ。

 数多あまたある窓のうち一つだけがカーテンが開いていて、そこからケイシーがこちらを見下ろしていた。ステラと目が合うと、コクリと頷いてくれたので、それだけでちゃんと意思疎通しあえた気分になる。


(これからやろうとしている事は、出来るだけ多くの目撃者が必要。ケイシーさん、よろしくです)


 不思議そうな表情で待っていてくれた少女に追いつき、再び二人で歩く。

 以前ケイシーと歩いた道ではあるけれど、一緒に居るのがスカル・ゴブレッド側の人間というだけで、若干ピリピリとした緊張感が生まれる。


 テニスコートを抜け荒野に足を踏み入ると、深夜0時に近い刻限だというのに、多くの学院生たちが集まっていた。


 全員がスカル・ゴブレッドなんだろうか? 100人程は居るようだ。

 それぞれが手に持つランタンにより、周囲はかなりの明るさになっている。


 彼女達はステラが現れると左右に移動し、人一人が通れるくらいの小道を作る。

 道の先には祭壇が置かれており、その前にはイブリン・グリスベルが神官服のようなものを着て立っていた。


「ステラさん、こんばんは」

「こんばんわです!」

「交流会に参加していらしたから、もしかしたら来ないかもしれないと思っておりましたが、ちゃんと来てくださったんですね」

「約束を守りたかったですので!」

「素晴らしい心がけです。では、どうぞこちらに。折角いらっしゃったステラに、すぐにでもとっておきの儀式をお見せしたいのです」

「ほい! 楽しみです~」


 学院生たちの間を、ステラはノコノコと進む。

 視界に入る生徒達の表情はニヤニヤしていたり、後ろめたそうだったり、様々なようだ。これだけ大きな組織ともなると、一枚岩とはいかないのだろう。


 そんな彼女達の目の前をユックリユックリと通り過ぎ、祭壇の階段を上る。

 優雅な微笑みを浮かべるイブリンに近付いてゆき、2m、1mと幅をつめ、彼女から拳3つ分くらいの位置で立ち止まる。

 ステラが快適な距離感を大幅に超えたからなのか、イブリンは綺麗な顔をしかめた。


「……なんだか、まるで喧嘩を吹っ掛けられているような気がしてしまいますね」

「お気になさらずなんです!!」

「ええ。ふふふ」


 イブリンが無理矢理笑顔を貼りつけるのを、ステラはニコニコと見上げた。


  

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