アイテム士は解き明かす

 時計機械室の外壁にはめ込まれた時計の文字盤には、それぞれ1カ月前、100年前、200年前、300年前の製造年月日が特徴的な筆跡で記されている。

 ステラはそれらを確認した後、再び中央付近に戻り、思案する。


 偶然の一致なのだろうか??


(さっきのダンジョンのエリアは、現在、100年前、200年前、300年前に分かれてた。そしてこの部屋の4つの文字盤が製造されたのもそれぞれ同じくらいの頃合い……。うーん……)


 少し考えてみた後、チラリとマイアの方を見やり、不意打ちのような質問を投げつけてみる。


「――こんなに精巧せいこうな文字盤も作れるですね! 憧れるです~」

「ほんとソンケーだよ~~。あの子に出来ない事ってないんじゃないかな~。可愛いだけでも偉いのに、スペック凄いんだ~~」


 上司を褒められたのがよほど嬉しいのか、マイアはステラがニンマリしているのにも気が付いていない。


「ふむふむ。やっぱり、振り子のギミックと時計の文字盤4つは関係あるって思って良さそうです」

「ぬぅ? お主、あのギミックの解き明かしに自信がありそうだな?」

「自信はソコソコあるです。あの文字盤に書かれていた製造年月日の筆跡がメイリンさんっぽいなって思って、何だかピンときてしまったですよ」

「なるほど」


 そうなのだ。

 時計の文字盤に書きこまれた文字はどれもクセの強いメイリンの筆跡に似通っており、ステラはそれを見た瞬間彼女の介入を考えた。それでも自信のほどは20%程度だったけれど、マイアに鎌をかけてみて、ほぼ確信に変わった。


 あの文字盤に何かをすることで、きっとギミックの一部、またはギミックの全部が解けるはずだ。


 ステラがもう一度文字盤上のメイリンの文字を見つめていると、マイアが漸く自分が口にした内容のマズさに気が付いた。


「あれぇ~。もしかして、余計なこと言っちゃったかもしれない~~。はめられちゃったな~~」

「にひひ」


 他にもメイリンのやらかした事を色々と知っていそうではあるけれど、一度強引な聞き出し方をしてしまったので、今後はやすやすと口を割らなくなりそうだ。


 だからもう、自分の勘を信じてしまう。


「――文字盤の製造月日は、それが作られた時を示すと共に、製造日から現在まで時計が刻んで来た時間の長さも示すです。。――つまりは、その長さの分だけ巻き戻せるってことなんです」


 ステラがドヤ顔で自説を語れば、レイチェルとケイシーが感心したように拍手してくれる。

 相棒の方はというと、ステラの考えを吟味するように上下にフヨフヨと飛び、十秒ほど後にコックリと頷く。


「お主はこれから、【アナザー・ユニバース】内で、ズルワーン様から取り戻した術をここの文字盤に試してみるのだな?」

「やるです。不思議な感覚なんですが、メイリンさんが仕込んだからこそ自分が解き明かさなきゃって思ってるです」

「そうであるか。――少し言いにくいのだが、前世のズルワーン様の愛情はお主に対してよりも、お主の兄神に対して偏っていたようにも見えたものだった。それでもお主はあのお方に特別な感情を抱いていたのだな」

「んんん? ちょっと聞き捨てならないような……」


 あくまでも前世のことなのに、何故か心臓を突き刺されたような気分になる。


「それでも、お主等にはかくたる絆があるということだろう!」

「絆……。今はむくむくと反発心が湧き出てくるだけですけどっ」


 無神経な相棒にワザと咳ばらいをしてから、ステラは目をつむる。


 前世の親とやらはもう思考の中から追い払ってしまおう。

 それよりも、今はこの部屋のギミックだ。


 おそらく、各文字盤に対する時間操作は4つ同時じゃないと意味をなさない。それを実行できるのは、ステラが以前制作したあのアイテムしかないはず。


「アジさん、実験器具一式と、ミスリル鉱の顔料、大きめのガラス板を出してほしいです」

「了解したぞ」


 アジ・ダハーカが【無限収納】の中からアイテム類をポンポンと取り出すと、室内に居る4人が集まってくる。

 これから何を始めようとしているのか気になっているだろうに、質問しないでいてくれるのは、真剣なステラに気を遣ってくれているからに違いない。


 ステラは床の上に座り込み、相棒が出してくれたアイテムを確認する。

 必要な物が全て出されているのに礼を言ってから、まず手に取ったのはミスリル鉱の顔料。細かな粉を長い匙ですくい取り、10杯ほど小皿に入れる。

 それに精製水を慎重に混ぜれば、特殊な絵の具が完成する。


 描こうとしているのは、時間操作の術式。

 メイリンと【アナザー・ユニバース】の中で出会った時に、あの術式を亜空間の中に入れたのだが、何故か短時間で覚えてしまった――というか、これは元から記憶の底にあり、呼び起こされたと考えるのが正しいのかもしれない。


 頭の中に妙にハッキリと思い浮かんだそれを、ステラの手は正確にガラス板の上に描く。

 自分で描いているはずなのに、なんだか他人事のような感覚でもある。

 それをステラは少しだけ気持ち悪く思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る