順風満帆。監視下の中で。

 閉じられた環境下での口コミというのはかなり有効らしい。

 ステラのアイテムは留学翌日だけでなく、次の日も、そのまた次の日も売れ続ける。

 留学してから4日目の金曜日ともなれば、前日に準備しておいた在庫が全て売れてしまい、在庫不足をとがめられるまでになった。


 素材を魔法でコピー出来るので、一応さらなる増産が可能ではある。

 だけども、MPがスッカラカンになるまで生産魔法を使ってしまうと、何か危険な目に遭ったときに、自分の身を自分で守れなくなってしまう。

 それだとやばいので、販売用のアイテムは限定的にしている状態だ。


 ステラが警戒しているのには理由がある。

 アイテム販売や授業などが充実している一方、なんとなく不穏な気配を感じることが増えたのだ。


 ケイシーと共に売店に立っている時。授業と授業の合間。

 昼休みや放課後、宿舎に居るときですらも、何者かに凝視されているような感覚になる。


 というか、実際に巨大な目のような魔法陣が虚空に浮いている事があり、ずいぶんと怖いおもいをさせられた。

 アジ・ダハーカによれば、その術式は狭い範囲に居る人間の行動を監視するための魔法らしいので、やはり、何者かがステラに興味を持っているんだろう。


 状況を危険視したエマは宿舎内の護衛だけでは足りないと、教室にも付き添ってくれるようになったし、元工作員のマイア・オシライも彼女が使役するモンスターに学院内の巡回をさせるようになった。


 マイアが協力的な行動をしてくれるようになったのは、メイリン・ナルルの手先である彼女に、学院内でステラが知り得た情報を渡したからだ。

 ステラはマイアを介して、何度かメイリンとやり取りをした。

 スカル・ゴブレッドの悪事について、彼女はうっすらと知っていた。

 しかし、証言出来る者(エリーゼ)が居たことは知らなかったみたいで、ステラは妖精状態のエリーゼを発見したことを褒められてしまった。


 そんなこんなで、明後日日曜日にはステラとメイリンはエリーゼをまじえ、学院内で打ち合わせを行うことになった。


 ステラはスケジュール帳をじっと見て、空白の土曜日欄をペン先でつつく。


「明日はスッポリと空いてるですね。首都を観光してみたい気もしますけど、宿舎の人たちが外出出来ないから、なんだか気が引けてしまうです」

「お主、気にしすぎではないか? お主は宿舎の者達と立場が全く異なるのだぞ」


 自由気ままなアジ・ダハーカにとっては些細な問題に思えるのかもしれない。だけど、ケイシーと良く喋っているステラは、何となく後ろめたいような気分になる。


「うーん……。目玉の魔法陣から観察されることもあるし、宿舎に引きこもってた方がいいかな」

「そうか。儂はちと飲み歩くかもしれぬが、悪く思うなよ」

「ぐぬぬ~~」


 首都の様子は、到着した日に通り過ぎたきり見れていない。

 交換留学生として閉じられた環境下で学院生活を送るのは悪くないものの、異国の地に来たというのに、買い食いもせずに帰るのはなんだか寂しいものである。

 未練を断ち切る為にスケジュール帳を思い切り良く閉じ、ネコ型のリュックの中に押し込める。


 そうしていると、後方の席の方からコツコツと足音が近寄って来た。


「ステラさん! 良かったですわ。まだいらっしゃいましたのね!」

「へ? エルシィさん、ホテルに戻ったと思ってたです」


 振り返ると、エルシィが満面の笑顔で立っていて、出口付近には慌てた様子の付き人も居る。

 彼等は授業が終わった後すぐに教室から出て行ったので、てっきり宿泊先のホテルに向かったものと思っていた。どうしてまだ学院内に残っているのだろうか?


「エルシィさん、まだ学院に残っていたですね」

「えぇ。またもやイブリン・グリスベルさんにお声がけいただきましたの。放課後にお茶でもどうかと」

「ほぇ~~」


 イブリン・グリスベルとはスカル・ゴブレッドのリーダーの名前だ。

 先日、エルシィとイブリンがエントランスホールで立ち話をしている現場を目撃したステラは、落ち着かない気分になってくる。

 エルシィの顔を見上げてみれば、彼女の尖り気味の目が、更に鋭くなっていた。その表情が気になるものの、彼女とスカル・ゴブレッドのリーダーの関係が分からないので、下手なことも言えず、代わりになんだかフワフワした言葉が口からこぼれ出た。


「放課後にお茶する仲って、素敵な感じなんです。いつもそうやって友情を深め合ってるですか?」

「断じて違いますわ!!」

「わわっ。ごめんなさいです」


 何故か語気を荒くしたエルシィに、ステラは慌てる。

 もう少し考えてから、言葉を発するべきだった……。


「あの方は、ガーラヘル王国の王女である私に、貴女を……貴女を」

「私を?」

「……いいえ、何でもありませんわ。だって、今キッパリとお断りしてきましたもの。あの方とは二度と話す事はございません」

「う、うん……」


 知らない間に、ステラは重大な事態に巻き込まれていたらしい。

 エルシィの頑なな顔を見れば、イブリンとの会話内容を教えてくれなさそうなので、来週にでもお付きの少年に聞いてみようか。

 出口付近の少年の方をチラッと見ると、即座にエルシィが横移動し、ステラの視界は遮断される。


「ステラさん、明日もしお暇でしたら、私と一緒に市内の有名店でお食事いたしませんこと? せっかく異国の地に参りましたのに、貴女と観光しないで帰国してしまっては、死ぬまで後悔してしまいますの」

「しっ、死ぬまで!?」


 たかが観光ではあるが、そこまで言われてしまうと心が揺らいでしまう。


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