再会の妖精

 夜風に飛ばされる枯れ葉が足元でカサカサと鳴る。

 早足で前を歩く少女について行くにはステラの足はあまりに遅く、自然と早足になる。


(夜の9時をすぎると、敷地内の街灯が消されるんだなぁ。人工精霊の光だけだと、ちょっと足りないかも)


 この学院の宿舎では、夜9時以降は自室の外に出ることが禁止されている。

 しかしながら、ケイシーからの誘いでステラは宿舎を抜け出してしまった。

 ガーラヘル王国のマクスウェル家では1,2度ほど夜中に外出したことがあったけれど、あの経験とは別種の緊張感がある。


 テニスコートやちょっとした林の中を通り抜け、到着したのは敷地の端の方にあるエリアだった。

 円形に並べられ巨石以外は、人の手が加えられた形跡がない。むき出しになった地面には、枯れたクローバーが散乱し、粗野な印象を受ける。


「……ここでお友達のゴーストを呼ぼうとしてるですか?」

「自分の力でやってみたいから、ちょっと見てて」

「う、うん」


 自分一人でやってみたいのなら、何故ステラを巻き込んだのだろうか?

 釈然としないものを感じながら、アジ・ダハーカやエマと共に巨石の円陣の外に出る。


(そういえば、昨日宿舎についてすぐに、エントランスホールにたむろしていたゴーストをエマさんが焼いてしまったような……。あの中にケイシーさんの幼なじみさんが居たら、やばいかも。でも、ケイシーさんには怒られてないし、大丈夫だったのかな?)


 なんだかケイシーの降霊術を見届けるのが怖いような気がしてきた……。


 そうこうしている間にケイシーの方の準備が整う。

 地面の上には大判の紙が広げられていて、そこに極めて不穏なデザインの魔法陣が描かれている。中央部に置かれたボロボロのヌイグルミとも相まって、これから彼女がやろうとする術の禍々まがまがしさを視覚から感じ取る。


(成功してほしいような、してほしくないような……。ちょっとドキドキする)


 その辺をのんびりと飛んでいた相棒を捕まえて、ジトッとケイシーの様子を観察する。

 彼女は勢いよく書を開いたかと思えば、片手で術式を指さす。


「彷徨う魂よ、我が術式に宿れ。我が力の源と汝の根源を交わらせ、かりそめの体を成せ。【インターミディエート・ネクロマンス中級降霊術】」

「ふぁ……っ! かっこいいです」


 彼女の呪文に応じて、紙に書かれた術式が紫色に光り出す。

 ステラの想像では、もっとジメジメした雰囲気の儀式になるかと思ったのに、案外スカッとしたかっこよさがある。

 何となく感動させられてしまったステラは、ついつい前のめりになった。


 しかし、いくら待ってもゴーストが出現しない。

 寒々しい冬風が吹き抜け、ステラは首に巻いたマフラーを口元まで引き上げる。


「失敗したですか?」

「おかしい……。もう一度やってみるから」

「うん」


 ケイシーは一度の失敗にめげること無く、再度挑戦した。それにも失敗すると、二度目、三度目……。と回を重ねてゆき、ついに彼女自身のエーテル切れを起こした。


「はぁ……はぁ……。ちょっとは降霊術の腕がマシになったと思ったのにっ」

「ぅ……」


 だんだんいたたまれない気分になってきた。

 いっそ、昨日の事を伝えてみて、幼なじみのゴーストが現れない可能性を話してみたほうがスッキリするだろうか?


(これ以上見ているのも辛いし、寝る時間が遅くなると明日が大変……。やっぱり話した方がよさそう)


「あの、ケイシーさん――」


 ステラが口を開いたそのとき、近くの草むらから声らしき音が聞こえた。


「悪いことしてる子がいる~~! 言いつけちゃおっかなぁ~!」


 幻聴にしてはハッキリとしすぎている。

 ステラはシュバッとしゃがみ、クローバーの草むらをかき分けた。

 すると、一匹の妖精が出てきた。目をまん丸に見開き、口に手を当てて驚きをあらわにする妖精には見覚えがあった。


「うぇぇっ!? 貴女はクローバー777さんなんじゃないですか??」

「そうだよっ! なんでここにいるの、私のまぶたち!」

「交換留学で来たですよ! クローバーさんはどうしたですか??」

「旅の途中だよっ。ちょっと休憩してたっ」


 クローバーは、ステラが魔法学校に入学してすぐに出会い、助けた妖精だ。

 彼女とは友達となったものの、あれ以来会っていなかった。どうしているのか気になっていたけれど、相手は人外。調べるのも難しかった。

 だから、今会えたのがことさら嬉しく感じられる。


 ステラ達が騒いでいると、ケイシーが不審に思ったのか、近寄って来た。


「頭がおかしいの? 独り言が酷いよ」

「そんなにおかしくはないですっ! それより、ケイシーさん、私は今感動的な再会を喜んでいるです」

「え? あ、妖精が居る」

「ほい! クローバー777さんという可愛い名前の妖精さんなんです」


「名前だけじゃなくて、見た目も可愛いでしょ!」

「ですです!」

「妖精って、もっと寡黙かと思っていたのに、ナニコレ。うっさい……」


 ケイシーは微妙な表情で、クローバー777を蹴り飛ばす真似をした。

 クローバーはそれが気に入らなかったようで、まなじりを吊り上げて、ケイシーを睨む。


「なにすんのさ! 腹立つ〜。てか、あんたゴーストを呼ぼうとしたでしょ??」

「分かるんだ?」

「分かるっ! この辺にはゴーストに近い妖精も居るんだから、脅かさないでよね~!」


 クローバーはなんとも気になる事を言うのであった。

 

 

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