彼女の転職事情

 ヴァルドナ帝国の地レイフィールドにて、

ステラは目の前に居る女性マイア・オシライと戦った。

 あの時はステラ達の圧勝に終わったが、異空間からの脱出劇のゴチャゴチャに紛れて、マイアは逃走し、行方をくらました。

 その彼女が国立魔法女学院にいるのだから、驚くなというほうが無理がある。


 マイアの目の前で固まるステラに対し、彼女は緊張感の無い笑みを浮かべながら、ここに居る理由を話し始めた。


「実はさ~、先日のヴァルドナ帝国での任務失敗で~、ミスリル鉱山の採掘現場に送られるところだったんだよ~。いわゆる懲罰なんだけどね~」

「ほほー」


 彼女達テミセ・ヤ側の工作員を妨害したのはステラ達に他ならない。だから、マイアがステラに対して復讐心を抱いていないとも限らないのだ。

 アジ・ダハーカが不安をあおるような口調で「こやつとお主のレベル差は残酷なほどであったな」などと、言うものだから、心臓がバクバクしてくる。

 早くこの状況から解放されたい……。


 マイアはステラがプルプル震えているのに気がつかないのか、のほほんとした感じで話を続ける。


「重労働なんてごめんだったんだけど~、決まったもんは仕方がないから、受け入れようかと思っていたんだ。でもラッキーなことに、メイリンちゃんていう、ごっつ可愛い幼女が金で私を買ってくれて~、重労働は回避出来たんだよ~。エヘヘ」

「メイリン……? はっ!!」


 ”メイリン”という名前を聞き、ようやくステラの頭の中で点と点がつながる。

 メイリンは昨日、彼女の手の者を後で学院に送り込むなどと言っていたのだ。その”手の者”がマイア・オシライなんだろう。

 つまり、マイアを通してステラと連絡を取り合おうとしているのだ。

 悪い方向に考えるのなら、ステラがちゃんとスカル・ゴブレッドを潰すかどうかをマイアに監視させようとしているともとれる。


 メイリンの顔を思い出し、急に腹立たしくなってきたステラは、目を半眼にしてマイアを見上げる。


「ここは学校なので、学生さん以外は入ったら駄目な所なんですっ」

「うにゅ??」

「うにゅじゃないです。社会人なマイアさんが、ここに居たら学生さんに迷惑がかかるです。警備員さんを呼びつけちゃうですよ」

「ああ~~。ステラちゃんてば、このガッコウの子達を心配してあげてるんんだ? でも、だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。私ちゃんと面接を受けて、2週間だけ用務員として雇ってもらったんだよ~」

「よ、用務員? ちゃんとしたポジションを得てしまってるですね。ぐぬぬ……」

「抜かりはないね~」


 マイアは得意気な顔で、モップをブンブンと振ってみせる。

 たくさんの人間が行き来する廊下で野蛮な行動は当然好まれない。ステラ達は生徒達から冷たい視線を集めてしまっている。これだと、悪い噂が立ってしまうだろう……。


 どうやって彼女を追い返したらよいものかと、頭を抱えるステラだったが、ケイシーが助け船を出してくれた。


「そこの用務員の人」

「うんうん! 私のことだよね~?」

「だね。今から仕事しに行った方がいいよ。東棟への渡り廊下の床が抜けたって、上級生達が話してたんだ。少しでもましな状態にしてあげてほしい」

「廊下が抜けることってあるんだ~? 通れなくなるのは可哀想だね~~。すぐに行くよ~!」


 頼られるのが嬉しいのか、マイアは満面の笑顔でステラ達から離れる。

 ホッとしかけたステラだったが、マイアが「後日ステラちゃんのお部屋に行くからね~、楽しみにしててね~!」などと声を張る物だから、顔を覆ってしまった。

 テミセ・ヤに来たら、何かしら元工作員から危害を加えられるかもしれないと想像はしていたが、ここまであからさまに関わられるとは思っていなかったのだ。


 ケイシーに連れられて、とぼとぼと一年生の教室へと向かう。

 

 この国に来てからというもの、まともな目にあっていない。これからクラスの皆に冷淡れいたんな態度をとられでもしたら、泣いてしまうかもしれない。


 そんなステラの心情などおかまいなしに、ケイシーは思い切りよく教室のドアを開いた。

 すると、無数の視線がドアの方を向き、まずはトンガリ帽子らへんを見る。そして少し下がってステラの顔に集まった。

 お決まりの視線の流れではあるが、思ったほどにトゲトゲしい感じはない。


 それどころか、一人、二人とステラの方へと走り寄ってきた。


「ねぇ、貴女でしょ? この”異界の水”を販売しているんですってね?」

「へ? ええと……」

「”ピリピリの水”なんかも、戦闘で割と実用的だね?」

「う、うん」


 集まってきた生徒達と話しているうちに、どんどんと人が増えてくる。もうほとんど人だかりと言っていいくらいだ。

 どうやらステラがマジックアイテムを販売しているのを知っていて、欲しがっているようなのだが、何故これほど熱心なのか?

 先ほどアイテムを買って行ってくれたのは、主にガーラヘルの人間だったので、違和感しかない。

 動揺しながら生徒達の顔を見回していると、その後方にレイチェルが居た。

 彼女はステラと目が合うと、親指を立て、ウインクする。


(レイチェルさんが宣伝してくれたのかな!? す、すごい……)


 もつべきは友である。



    

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