学院内の工作員

 国立魔法女学院の売店にて、

隣に座る女性徒ケイシーはステラにとんでもないことを教えてくれた。

 この学院の学生組織スカル・ゴブレッドは、ステラ達交換留学生を”供物くもつ”にしようとしている。供物と言うくらいだから、供えるための対象が居るってことなんだろうし、ターゲットにされでもしたら生き残れるかどうかも分からない。


 知らないうちに何か恐ろしいことが動き出しているのだと、嫌でも気づかされてしまう。

 ステラはスカル・ゴブレッドに関する情報をもっと聞きたかったのだが、売店のカウンターに次々に学生達がやってきてしまったため、話を続けられなかった。


 そんなこんなで、接客に集中するしかなくなったわけなのだが、売店カウンターに置かせてもらったステラのアイテムは、この学院の生徒達には見向きもされなかった。

 やっぱり素人が作った物よりも、メーカーや名の知れたアイテム士が卸したアイテムを入手したいってことなんだろう。

 だが、売れ残りはしなかった。

 女学院生達が買わなかったアイテムは、朝の部の閉店ギリギリのタイミングでやってきたエマやレイチェル。そして、以前からステラのアイテムを良くかってくれていたガーラヘル王立魔法学校生により買い占められたのだ。

 

 きずな的なものは感じ取れたものの、なんとなく虚無を感じる結果となってしまった……。


 でも、今真剣に向き合わなければならないのは、自分のアイテムのことよりも、交換留学生全体に危険が迫っていることだろう。

 今日からはエルシィがこの学院に到着する日でもあるため、実の姉を守る意味でも、周りのガーラヘル人達と連携する必要がある。


 売店の後片付けをしながら、ケイシーに『昼にも売店で働くか?』と質問されるが、お昼の休憩の際に交換留学生達に対し、アレコレと伝達しなければならなくなってしまったので、断ることとした。

 

「――ガーラヘルの皆さんに危険な目に遭うかもって、伝いたいです。また明日以降に誘ってほしいです」

「分かったよ。ステラが居ると、そこそこマシに客さばきが出来たから、少し残念」

「あうぅ……」


 褒めてくれるのは嬉しいけれど、こればっかりはどうにもならない。


 二人で連れ立って、講義棟の中へと踏み入る。


 宿舎内での悪夢のような光景を覚悟していたのに、意外にも、清浄な空気が漂う、爽やかな朝の風景が広がっていた。

 エントランスホール内には、天井にはめ込まれたガラス窓から、まぶしいくらいの光が入り込む。窓枠の幾何学模様がくっきりとした影となって床に描かれ、とても印象的だ。シンプルな白い床だというのに、時間経過とともに模様が移り変わる楽しみが予想される。

 真っ白な階段の優美さにも驚かされる。緩やかにカーブし、そこを歩く女生徒達をことさらに麗しく見せてくれているかのようだ。


 ステラは見慣れない光景に何度も目をこすり、ついつい聞いてしまう。


「ここに通っているのは、お嬢様な人が多い感じなんですか?」

「金持ちと貧乏人が入り交じっているね。入試の選考基準はあくまでもエーテル保有量と、エーテル制御能力になるから、色んな人間がここで学生をやってる。目立ちたくない奴らは、裏口からこっそり入ったりするから、この辺で見かけないだけ」

「ふむふむ。一応はエーテルの下に平等ではあるわけですか」

「平等ってわけではない。金持ち共のコミュニティにはより多くの活躍の機会が与えられるし、学生用宿舎に寝泊まりしてる貧乏生徒達は時々使用人みたいに扱われてる」

「そうなんだ……」


 ケイシーの言い方で、彼女自身は貧乏人の側なんだと推測出来た。

 時々非難めいた語調になるのは、ケイシーもなんらかの不利益を被っているのかもしれない。


「――あいつらは犯罪行為ですら、教師達から黙認されてる」


 そこまで言われて、ようやく彼女の話の意図が伝わった。


「あっ! もしかして、スカル・ゴブレッドは金持ちな人が多いって感じですか?」

「そうだよ。あ、ごめん。……校内でこの話題はよした方がよさそう。それこそステラがターゲットにされる」

「ほい。気にかけてくれて有り難うなんです」


 なんだか急に、周りに居る上品な生徒達が犯罪者のように見えてくる。

 ステラ自身遵法じゅんぽう意識が高いわけではないものの、ここで襲われてしまったら、正当防衛ですら通用しなかったりするんだろうか?

 随分と不利な状況下に置かれてしまったものだ。


 この環境で、スカル・ゴブレッドとまともにやり合えるんだろうか?

 考えをめぐらせながら下を向いて歩いていると、誰かに思いっきりぶつかる。


「わわっ」


 真後ろに倒れそうになったステラだったが、前からのびてきた手にえりの辺りを捕まれて、ことなきをえる。


「危ない子だな~~。も~ビックリよ~。あれれ? 君って~」


 間延びするような、独特な話し声が耳に入り、目の前の人物の顔を見上げてみる。

 黒いキャップの下のフワフワした髪の毛に、眠たげなタレ目。年上でありながらも愛くるしい顔立ちをしている女性に、見覚えがありすぎた。


「うわっ! マイア・オシライっ!! さんっ!」

「そういう君は~、ステラちゃんだよね~。うわぁ。相変わらず可愛いな~」


 何故か作業服姿で、モップを片手に持っていた彼女は、軍手のはまった手をステラに伸ばし、むにむにとホッペを撫でた。

 汚れた軍手で頬をさわられたら汚れるとか、そもそも何で頬なんだ、とか疑問はアレコレあれど、最も聞きたいのは、”何で工作員である貴女がここに居るのか”である……。


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