Dr.メイリンの実験場

 ステラの魔法の効果により、クラーケンの凶暴性は上がったようだ。

 それによって素早さと、メカ製のワイバーンへのヘイトが高まり、肉眼では追い切れないほどのスピードで、脚を振り回す。


 脚が一本だけならば、大した脅威ではなかっただろうが、八本あることでクラーケン周辺はかなりの危険地帯となっている。

 ワイバーンといえど、クラーケンに対処仕切れていない。

 頭部や、ジェット噴射部、そして羽……、クラーケンの脚がかすめるごとに塗装ががれ、部品が落下する。


 飛行の安定感が無くなったワイバーンに対し、デッキに居る者達は集中攻撃をし始める――まずは殺りやすい方を……との判断だろう。

 ステラも適当な魔法で加勢するが、ただ一人、顔を青くさせ、全員の制止を試みるものが居た。売店係のクリスだ。


 いつもの飄々ひょうひょうとした態度をかなぐり捨て、焦り顔で大声を上げる。


「……やめろって! あのすげぇワイバーンを攻撃するなんて、どうかしてる!」


 反応を返したのは、生徒会長だ。舌打ち一つで周囲の注目を集める。


「黙れ。あれを落とさねば、俺様達の命が危険に晒されるんだぞ」


 冷たくあしらわれるも、クリスは諦めない。


「だいたいあれは、メイリン・ナルルが関わってるんじゃないの? 安易に破壊したら、国家間の問題に発展するし!」

「仕掛けてきたのはあちらだ」


 会長はとりつく島も無い。

 それどころか、これ見よがしに巨大な白炎の玉を作ってみせ、素晴らし命中力でワイバーンの胴体に当てた。

 これにはメカ製のワイバーンもひとたまりもなかったようで、空中で大爆発を起こす。さらに、真下に居たクラーケンも巻き添えになり、真っ黒焦げになった。


「血も涙もないんか!?」

「ふんっ。これで海路の安全は確保されたな。一般客共は俺様に感謝するだろう」


 生徒会長はそう言うと、もうクリスには目もくれないで船内へと向かおうとする。

 ステラ達もそれに続こうとしたのだが、フェリーの側面からブクブクと激しい水泡が上がってきて、ぎょっとする。


「うわっ! 海の中から何かが現れようとしてるかもです!」

「なんだと?? 次から次へと……」


 ステラを押しのけるようにして、生徒会長が柵から身を乗り出し、大量の泡が湧き出している場所を凝視する。

 次なる敵は何なのかと、全員が武器を手に警戒態勢をとる中、海の中から現れたのはカプセル型の巨大な人工物だった。クリスが「魔導力潜水艦」と呟いたので、人間が乗っているのだと思われる。


 一同が唖然と見守る中、潜水艦上部の蓋がパカリと開く。

 中から出てきたのは、意外なことに10代前半くらいの少女だ。桃色の三つ編みが印象的で、若干目つきが悪い。充分美少女の範囲には入るけれど、なんだか絶妙に残念感も漂う――この場合は個性的と表現するのが適切か。

 えんじ色のジャージの上着に、だぼだぼのボトムを合わせているから、ぱっと見自宅でくつろいでいた最中みたいな感じだ。


 しかし、一般人ではないのは明らかだった。

 ヘッセニアが放った攻撃を軽く片手で受け止め、ゴムボールを扱うがごとく、ポンポンと手の上でもてあそんで見せたのだ。

 こんな芸当、平和に生きている人間に出来るはずがない。


 彼女はそれをポイッと海に投げ捨て、フェリーのデッキに立つ者達を睥睨へいげいした。


「あたいの最高傑作――ワイバーン・プロトタイプを破壊するだなんて、頭がどーかしてんじゃないのか?」


 一同が黙りこくる中、生徒会長だけは堂々と返事を返した。


「貴様はもしかしてメイリン・ナルルか?」

「そうとも。ワイバーンのカメラがクラーケンに破壊されたから、確認出来てないけど、もしかしてオマエが壊したさ??」

「いいや、違うぞ。あの金髪のチビが攻撃のキッカケを作った」

「チビ???」


 生徒会長にアッサリと売られ、ステラは慌てふためいた。


「せ、せこいです! 私はクラーケンを更に凶暴にしただけで、トドメを指したのは生徒会長だったですよっ!」

「せこいだと?? 貴様は先日ガーラヘル王立魔法学校内において、最もスライムを倒した。言い換えるなら学校一の猛者だ。そのような者が、ワイバーンを第一のターゲットとしたのだから、合わせなければ野暮というものだ」 

「あんなテストだけで、強いかどーかなんて、測りきれないですよ! 罪をなすりつけんなです!」


 二人で言い争いを続ける間に、メイリンが動きを見せた。

 彼女が背負ったリュック側面のレバーを引き、リュックの下からジェット噴射を出したのだ。その威力はかなりのもので、メイリンは空中に浮き上がる。

 しかも、潜水艦からフェリーへと移動してくるのだから、便利なものだ。知らない間に他国ではかなり技術が進歩していたらしい。


 彼女は真っ直ぐに、ステラに近づいて来た。


「なんだか既視感……。さてはオマエ、あたいと会ったことがあるだろう??」

「初対面ですけども!」

「疑わしいもんさ。ちょっと【アナライズ】してもいいか? エーテル量をみたら、きっと何か思い出す」

「きょ、拒否しますっ」


 鼻先がぶつかるほど近くでジロジロ観察され、変な汗が出る。

 既視感があると言われても、こっちには全く覚えがない。もしかして前世でどーたらこーたら……、みたいな話になってくるんだろうか。

 同級生や先輩達がこれだけ多くいる中で、際どい話をするのは勘弁してほしい。



 

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