まさかの発動

 金剛杵は長年の鬱憤うっぷんをぶつけるかのように、雷を落としまくり、いきなりピタリと止まった。その後は酷い雨が降り出し、ステラ達の髪や衣服を容赦なく濡らした。

 元から気温が低かったのに、雨によって凍えるような寒さになっている。

 ステラは背中を丸めるようにして周囲を見回す。


 見通しの悪い中ではあるが、沢の様子は何となく把握出来る。

 取りあえず、インドラ、アジ・ダハーカ、そしてエマは無事だ。

 工作員達はというと、ボロ雑巾の様に転がっている者が二人いて、キメラの方はたった今地面に倒れ込んだ。


 自分達の命が狙われていたとは言え、この凄惨な有様はなかなかに衝撃的だ。


「皆、死んじゃったですか……?」


 ステラが誰ともなく確認を取れば、キメラの方向から返事が返ってきた。


「――その2人は結構やばめかも~」


 仲間ではない者の声に、ステラは身構える。

 キメラの身体を用心深く眺めまわせば、――居た。

 巨体の腹の下からマイアが這い出て、長い前髪をせっせとかき分けている。

 その様子は元気そのもので、精神的なショックを受けているステラよりもピンピンしているくらいだ。


「うー、私の攻撃が効かなかったですか?」

「そうだね~。こういう事もあるかな~、って【身代わり】を掛けておいたんだよ。私が受けたダメージはぜーんぶ、キメラちゃんにあげちゃったんだ。凄いでしょ」


 敵対しているはずの人間に得意満面で胸を張られても、困ってしまう。

 マイアの方もそんな事は百も承知なのか、ステラの返事を待たずに話しを続けた。


「だけど、ちょっと問題が起こっちゃった。どうしよ~かな~」

「……そ、それ以上近付いたら、もう一回雷を落としちゃうですよっ」


 のんびりとした足取りで近寄ってくるマイアに対し、金剛杵を突き出してみれば、ほんわりとした笑みを向けられる。


「キメラちゃんが居ない私なんか~、何も怖がらなくてもいいのにね」


 たしかに、使役獣を倒されたビーストテイマーなど、おそるるに足りぬはずだ。

 だけど彼女の余裕な態度を見ていると、奇妙な胸騒ぎがする。

 

 ステラは金剛杵を握りしめながら、マイアを阻もうとするアジ・ダハーカとエマを交互に見る。選択を誤れば、ここで全滅だ。


「――話を聞いてよ~、私には親切心しかないのに」

「ぐぬぬ。その位置で止まるなら聞くですが……」

「有難う~。実はね、トンガリ帽子ちゃんの電撃で、このリモコンが壊れちゃった」


「「「リモコン?」」」


 ステラ、インドラ、アジ・ダハーカ、エマの声が綺麗に重なった。


 最初意味が分からなかったステラだったが、マイアの手の平の上に乗る精密機器はさっきチラリと見た気がする。

 戦闘の最中、彼女は1人でソレを操作していたのだ。

 何をしていたのかまでは知らないけれど、壊れた事が深刻な事態に繋がったのだろうか。


 アホ面を晒すステラを気の毒に思ったのか、マイアは説明を加えることにしたようだ。


「――なんかねぇ、あっちの岩陰にウチの国の秘密兵器? みたいなのがあって、このリモコンで操作出来るんだよね。さっきはウッカリ作動しちゃわないようにロックをかけてたんだ~」

「ふむぅ? その秘密兵器って、一体どんな事が出来るですか?」

「お~~、興味津々だね~。なんだっけな~、周囲のエーテルだまりを集めて~、数倍? 数十倍? に増やして~、仕込まれた術式を発動させるんだったかな。ユミルの話ってすっごく難しくて困っちゃうよ。間違ってたらごめんね~」

「あばばば……っ! じゃ、じゃあ、そのリモコンが壊れたってことは……」

「兵器内部に貯めていたエーテルがさ、魔法を発動させちゃったっぽいよ~。上を見て!」


 マイアが締まりのない表情で見上げる先に、あってはならないが描かれていた。

 術式を実際に見た事がないので定かではないものの、ステラにはが何なのかボンヤリと分かってしまった。


「嘘……」


 雲の狭間はざまから、紫色に輝く術式が見え隠れしている。

 あまりにも緻密で、そして複雑なため、今のステラには読み解けるものではない。

 しかし涙を流すエマの姿と、複雑な表情のアジ・ダハーカを見れば、それが自分の前世に関係するものなのは明らかだ。


「これは、【アナザーユニバース】なんですか?」

「そうだね~。ウチの国は魔法の研究が盛んだから、こういうのも集まってくるみたい。ああ~、可愛い子と死ねるなら悪い人生じゃなかったな」


 マイアは既に自分が死ぬことを覚悟していたんだろうか。

 静寂に満ちた目で上空の術式を見つめている。


 だけども、ステラ達にはこの状況は歓迎すべきものではない。


「吸い込まれそうだな! おい、来世は何の生き物に転生する気なんだ! 俺も合わせるから教えてくれ!」

「インドラさん、意味不明なこと言うなです!」


 混乱するステラ達などおかまいなしに、空に穴が開いた。

 藍色の夜空よりもまだ黒い、真なる闇がそこにある。


 それは周囲の雲を飲み込み、それに飽き足らず、小川の石や枯れた枝を吸い上げ出した。


 ステラは咄嗟とっさにアジ・ダハーカを抱え、エマの手を握った。


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