極寒登山道

 エルシィの付き人は、エルシィを王家の列車へと連れて行き、その間にユミルを近衛達に捕まえさせることにしたようだ。


 彼から『ユミルが部屋に居るようだ』と連絡を受け、ステラ達は出来るだけすみやかに名士宅から出て、家の主から借り受けた魔導二輪車に乗り込む。目指す先はレイフィールド北側の山。

 雷神インドラの話ではそこに以前金剛杵が封じられており、漏れ出たエーテルが浮遊しているとのことだ。


 エマとと共にサイドカーに収まったステラは、想像以上の風圧に苦しみ、まともに喋ることが出来ないでいる。

 顔に受ける空気が乾いているだけじゃなく、とんでもなく寒い……。


「さぶぶぶぶ……。口が……目が……」


 風よけの為にアジ・ダハーカを抱っこしているけれど、彼自体の身体がヒンヤリしている所為で、余計に寒くなる。

 しかも山道に入るとカーブが多く、曲がるたびに遠心力がかかる。

 平気な顔をして座っているエマは一体どんな精神力を持っているのか。


 暫く地獄のような時間を過ごした後、魔導二輪車が停車する。

 運転してくれていたインドラはバキボキと肩を鳴らした後、ニカリと笑った。


「こっから先は山登りになる! 俺は直ぐに行ってもいいけど、あんたはちょっと休憩が必要そうだな!」

「うぅ……。こんなにキツイとは……」


 出発前に軽く説明を受けていたとはいえ、実際に体験してみると想像以上の過酷さだった。こういう時はアレに頼るしかない。


「アジさん。ポーションを人数分出してくださいです……」

「ウム。儂もお主のポーションを一本飲み干さねば、クマ一匹倒せるかどうかもわからん」


 ポーション休憩を挟みつつ、この山でやろうとしている行動を確認する。


「これから登山道に入って、7合目付近まで登るですよね?」

「おう! 途中の沢にはモンスターが結構いてなぁ。俺が人間になってからは、突破出来てない。けど、あんた達なら大丈夫じゃないか?」

「うーん。夜だから凶悪なモンスターとかも湧いてるかもですね。【アナザーユニバース】とか、間者さんとかに気を取られ過ぎてたら、その辺のモンスターにコロッとやられちゃうんです」

「だなっ!」


 登山口の奥に目を凝らしてみると、白っぽいモノがフワリフワリと見え隠れしている。おそらくゴーストに類するモンスターなんだろう。

 それらを辟易としながら眺め続けていると、エマが良い提案をしてくれた。


「【守りの唄】使う。モンスターを集めてから、一気に倒す」

「一体ずつ倒さないで、たくさんおびき寄せてから倒すってことです?」

「そう。時間の節約になる。たぶん」

「ふむふむ。確かに良さそうな方法なんです。そうしようです!」


 ユミルが追って来る気配は無いものの、エーテルだまりを消すのは早ければ早いほど良い。

 エマの【守りの唄】であれば消費するエーテルが少量であるにも関わらず、かなり頑強なバリア効果があるので、モンスターに攻撃されながらでも歩き続けられるだろう。


 話がまとまったあたりで、ポーションの効果があらわれ、疲労感が消えさった。

 これならば、日付が変わる頃合いまで体力が持ちそうだ。


 エマのか細い歌声により、三人と一匹にバリア効果が付与されたのを見てから、全員で登山道へと踏み入る。

 ステラ達に気が付いたゴースト達が次々に体当たりしてくるけれど、エマのバリアはビクともしない。それにホッとし、せっせと足を動かす。

 【守りの唄】に集中しているであろうエマの邪魔にならないように、自然と会話は減り、ステラはここには居ないエルシィのことを考え始めた。


(エルシィさん――お姉ちゃん……。大丈夫かな。近衛の人達がすんなりユミルさんを捕まえてくれたならいいけど……。あの強さだと厳しいかもしれない。きっと、この山に来る)


 ステラとしてはユミルとの戦闘は覚悟の上だ。

 しかしそれは自分達の目的を達成してからの話で、その前に追いつかれてしまうのはかなり厳しい。

 というか、この山が【アナザーユニバース】にとって重要な地点であるならば、ユミルとは別の間者が潜んでいる可能性が高い。その人物がユミルよりも強者ではないことを祈るばかりである。


 一時間ほどひたすら歩き、先ほどインドラが言っていた沢のエリアに差し掛かる。大量について来ていたモンスター達はステラとエマの魔法で倒し切り、一度リセットしておく。


 モンスターから視線を外し、進むべき方へと顔を向けると、沢を抜ける風がステラの髪を揺らした。


 何故か、かすかに薬品の香りが混ざっている。


 自然界にはありえないその香りに顔を顰めつつ、ステラは用心深く周囲を見回す。


 沢は広く、小川だったはずの箇所は干上がっている。

 清涼たる月の光が照らし出したそこは、通常であれば息を飲むような絶景なんだろう。

 だけども、ステラは別の意味で驚いた。

 インドラが言うように大量のモンスターはいない。しかし、その代わりに人が立っていた。男女二人、けして一般人には見えない。

 想像していたこととはいえ、心臓が大きく跳ねる。


「……やっぱり、間者さんが居たですね」

 

  

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