隣国の魔法学校、生徒Aの情報

 緊張感が漂う宮殿の一室。

 ゴンチャロフ皇帝の顔面は燭台の炎によって、陰影が濃く落ち、よりシリアスなテイストになっている。

 エルシィの話によると、彼は伝説級モンスターの討伐を望み、それが出来ないのであればエマを傭兵として雇いたいのだそうだ。


 これが近衛の誰かだったらどうでも良かったのだが、ステラにとってエマは家族であり、友人でもある。この件について口を挟まずにはいられない。


「えぇと……。ゴンチャロフ皇帝に質問があるです」


 ステラが小さく手を上げると、皇帝の目がギョロリとこちらを向く。


「君の尻尾……」

「むっ!」

「ゴホン、失礼したレディ。質問とは何かな?」


 訳の分からない話の折られ方をされて、微妙に不快だ。

 半眼でゴンチャロフ皇帝を見つめながら、ステラは話を続ける。


「伝説の巨大蛇って、ヴリトラの事ですか?」

「よく知っておるな。我が国の伝説はガーラヘル王国でも有名であったか」

「有名かどうかは分からないです。私に教えてくれたのは、この国で出会った人工精霊でしたから」

「ぬ?」


 虫カゴに入れた人工精霊を上下に軽く振ると、先ほどのように古代文字が虚空に現れる。


 これを見て驚きを露わにしたのはエルシィを始めとするガーラヘル王国の人々のみ。何故か帝国側の面々はウンザリとしたような表情をしている。


「ふむ……。イベントに使われる人工精霊までもがこのような振る舞いをするのだな」

「珍しい挙動をする人工精霊ですわ。帝国で作られる精霊はこのような仕込みをするのが普通なのかしら?」


 怪訝な表情をするエルシィに対し、ゴンチャロフ皇帝は自身の目玉をグルリと回す。


「何と説明したものか。実はここ一年程の間で、雷属性の人工精霊の中に雷神伝説を表示する個体が多く見受けられるようになったのだよ」

「まぁ……」

「この伝説は厄介なことに、国内の状況との類似点があるのでね。古代文字の知識がある者達を中心に『これは雷神からの神託しんたくに違いない』と声が上がった。我々としても無視するわけにいかなくなったのだ。しかし――」


 ゴンチャロフ皇帝は肝心な部分を隠そうとしているのか、何とも伝わり辛い話し方をした。勘違いしている点もあるかもしれないが、内容はだいたいこんな感じだ。


 ”帝国内にも相当な猛者は数人存在する。

 しかしながら、今後数年内に計画しているの為に戦力を温存しておきたいので、危険な任務にはかせたくなかった。

 それでも、伝説の巨大蛇ヴリトラについて調査し、実在するなら討伐しなければ皇帝の支持率が急落するだろうとの懸念もあり、レベル80~レベル100程度(皇帝に言わせると二軍級)の者達をレイフィールドに行かせた。

 その結果、到着から二日もしないで、彼等の消息は途絶えたのだった……。”


 ステラは自分の頬をつつきながら考える。


(普通に考えたらヴリトラに皆倒されてしまったってことだよね。でも、ゴンチャロフ皇帝はちょっと含みのある言い方をしてたかも)


 皇帝の話に違和感を感じたのはステラだけではないようで、室内は数秒間静まり返った。そんな中、第一声を上げたのはエルシィだ。


「帝国内の戦力を温存させたいとのお言葉、聞き捨てなりませんわ。昔の様に私の国に侵攻なさるおつもりでは? 和平関係の継続を保証していただけませんと、自国の者をお貸し出来かねますわね」


 毅然としたエルシィの態度に、ゴンチャロフ皇帝はバツの悪そうな顔をした。


「無論。御国おんこく国民、国土に対して危害を加えようとするものではない。そなたが望むのであれば、この件については一筆書いても良いぞ」

「望みます。今晩中にお願いいたしますわ」

「う、うむ。明日の早朝にそちらに届くように手配しよう。まぁ、その件は置いておくとして……だ。私が懸念しておるのは、この件に関して何者かが工作しておるのではないかという点だ。風説ふうせつ流布るふし、帝国の国力を削ごうとしておるのではないかと疑っておる」

「なるほど、そのようなお考えをお持ちでしたのね。ですが、皇帝陛下。それならば、帝国の守護神インドラ様をお呼びになったらいかがですの? 彼の方にこの件がデマか本当か、確かめるのが確実、かつ早いでしょう?」

「…………………………下界のつまらぬ用事に神を下ろすなど出来るものではない」


 滝の様な汗を流すゴンチャロフ皇帝を見て、ステラは察してしまった。

 たぶん、インドラ神を呼べないんだろう。

 インドラらしき人物(または神)が辺鄙へんぴな駅で財布を売っていた事と何か関係があるのかどうかは分からないが、ステラがこの場で出来ることは一つだ。


「インドラさんの居場所、分かるかもなんです」

「何……?」


 ゴンチャロフ皇帝の太い眉がピクリと持ち上がる。

 その表情に若干ビビるものの、ステラは自動筆記帳の最新ページを開き、テーブルの上に乗せた。


「信じるかどうかはゴンチャロフ皇帝次第なんです」


 手帳に描かれた地図の中で、金ピカの点が明滅している。

 さっきよりも帝都に近付いているのは気のせいではないはずだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る