蕎麦粉のクレープ

 ヴァルドナ帝国の首都シュプトリーは中央駅から南北へまっすぐな道が通っている。北へと進めば突き当りに議事堂。南へと進めば大衆運動場になっており、収穫祭が開催されているのは北側の方になる。


 ステラ達はノンビリとした足取りで華やかなエリアまで歩き、屋台の南端で一度立ち止まった。

 ずらりと並んだテナントも、カボチャの飾りも新鮮で、ステラはついキョロキョロと見回してしまう。


「うわぁぁ~~。とってもキュートなんです!」

「ええ、本当に。こちらのカボチャの飾りは毎年本物のお野菜を使って……、あら?」


 近くのカボチャに触れようとしたエルシィは、何を思ったのか、直ぐに指先を引っ込める。


「よく見たらこれ、陶器で出来てますわね」

「こっちのもカチカチなんです」


 街灯の足元にしゃがみ込んでカボチャの置物を観察してみると、素焼テラコッタきの様な材質だった。

 エルシィの話の続きを想像するに、収穫祭の飾りは本物のカボチャで作るのが正しいようだが、陶器製のカボチャは年季が入っているように見える。長年使われてそうに思えるけども、その辺どうなんだろうか?


 飾りに興味を示すステラ達に、屋台の店主らしきおばあさんが話しかけてきた。


「お嬢さん方もお宝探しに加わっているんだねぇ」

「お宝探し? それって収穫祭のイベントですか?」


 ステラが問えば、ニコニコと頷かれる。


「収穫祭の間は毎日朝7時からやっているんだよ。陶器のカボチャの中に入った人工精霊を捕まえた者が勝ちなの」

「ふむむふ……。ちょっと楽しそうなんです」

「雷の人工精霊は瞬発力が凄いから大変だけど、景品が珍しい果物だったかね……、名前をよく覚えてないんだが、豪華だから頑張ってみとくれ」

「うん!」


 参加した覚えはないけれど、居たら捕まえてみたらいいだろう。

 楽し気な情報をくれたお礼に、ステラは彼女の屋台から蕎麦粉を使ったクレープを四つ購入する。

 相棒やエルシィ、そしてエマに配った後に、ちらりとエルシィの付き人と近衛達を見たが、羨ましそうな表情をしている者は居ないので、気にせずに自分のクレープを齧る。


 蕎麦の独特な風味としっかり甘いクリームはなかなか合っていて、ガーラヘル国人のステラにも違和感のない味付けだ。


(この国の主食は炊いた蕎麦って聞いたけど、お菓子にも使われてるんだ!)


 ステラにとって海外旅行は妖精の国に続いて二度目になる。

 経験は少ないものの、現地の食べ物を味わうのが旅の一番の楽しみになってきたかもしれない。


 一心不乱にクレープを頬張るステラは、エルシィの感極まった声が耳に入り、ハッと顔を上げた。


「このクレープ、だったかしら? とっても美味しく感じられますわ! ステラさんに買っていただいたから余計にそう思うのかもしれませんわね!」

「ん。美味しいです。中に入ったミカンが缶詰のモノっぽいのと、カラフルなチョコスプレーがアットホーム感出てて、良い感じなんです」

「ええ、本当に! アットホーム感がどのような感覚なのかは存じ上げませんけれど!」


「……ステラ様、口の周りにいっぱいクリームついてる」


 フワリとした布が目の前にひるがえり、ステラは目を瞬かせる。

 近くに居たエマがステラの口元を拭おうとハンカチを持った手を伸ばしてきたのだ。

 家の中では良くある事なので、されるがままになっていれば、エルシィの目が限界まで開いていく。

 いつもは綺麗な目が血走る様は非常に怖い。


「ズルイ! ――ではなく! それは私の役目ですわ!」

「早い者勝ち……」

「素早さでは貴女よりも私の方がずっと上です! 今それを思い知らせてあげましょう!」

「……なんか……モヤモヤする」


 付き人の手からシルクのハンカチを奪い取ったエルシィと、淡々としたエマがくだらない争いを始めた時、近衛達が居る方向がにわかに騒がしくなった。


「何かあったですか?」

「あら?」「……ん?」


 背伸びしてそちらを良く見てみると、茶色のスーツを着た渋いオジサンが立っていた。近衛達の顔色が悪いので、ヤバイ人間なのかもしれない。

 しかも、空気を読めないタイプなのか、結構大きな声を上げた。


「そこにおわすは、ガーラヘル王国第一王女、エルシィ様とお見受けする。少し話をする時間をもらえないだろうか?」


「ふぁ……堂々とした男の人なんです」

「あの方は!!」


 男性の自信漲る態度にステラは挙動不審になるが、エルシィの方は懐かしそうな表情を浮かべている。

 もしかすると男性は彼女の知り合いなのかもしれない。


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