レイフィールドの問題とは?

 直ぐに戻りたくても、列車は直ぐに方向を変えられない。

 数十分もかけて駅に戻れば、雷神の姿は既になく、エルシィの付き人だけが1人ポツンとホームに立っていた。

 彼の主人であるエルシィは眉根を寄せて彼に詰め寄る。


「さっきの方はどちらへ?」

「申し訳ありませんエルシィ様……。先ほどの行商人は駅舎の中で忽然と消えてしまいました……」


 話を聞いていたアジ・ダハーカは考え深げに顎を撫でる。


「やはりあの男、普通の人間では無かったようだな」

「うん」


 エルシィの付き人は陰が薄いながらもなかなかの実力者だ。

 そんな彼が『行商人は忽然と消えた』と言うのだから、人込みに紛れたとか、高速で逃げたとかの次元ではないのだろう。

 特殊なアビリティの保持者か、またはアジ・ダハーカの言うように”人間を超越したナニカ”だと考えるのが自然なのかもしれない。


 エルシィの方も付き人を強くとがめる気にならなかったのか、軽く肩を竦めた後にステラの方を向く。


「ステラさん、これからどうなさいます? 近衛達を使ってこの辺を捜索した方がいいかしら?」

「うーん……。あの行商人さんが本当に神様だったら、多少探したくらいでは見つからない気がするです」

「神様じゃないかもしれなくてよ?」

「そうじゃないなら、私達には用が無いと思うんです。……たぶん。だから、えーと、どっちの場合でも真っすぐに帝都に行っちゃっていいはずです!」

「たしかにその通りかもしれませんわね。皆さん、車両に戻りましょうか」

「うん!」


 ステラ達が車内に戻るのを待ってから、列車は再び動き出す。


 流れる景色をボンヤリと眺めながら、ステラは雷神インドラの事を考えてみた。


 あんな所で蛇革の財布を売っていたのは何故なんだろうか?

 貧しい神が生活の足しにするために、行商人をやっているのかもしれないが、何となく待ち伏せされていたような気もする。


(やっぱり偶然にしては出来過ぎだなぁ……。あの人が雷神さんなのだとしたら、何か意図があったんじゃないかなー)


 もしかするとブラウンダイアモンドが何らかの信号を神に送っていたとか、ステラの前世が邪神なのがバレたとか、その辺の事情なのかもしれない。

 じゃなければ、ブラウンダイアモンドの元々の所有者が、ステラの手にそれが渡っている事をスルーして無料でヘビ革財布を差し出すとは思えない。


 呆けるステラの耳にエルシィと付き人の声が届いた。


「――実は、あの行商人と少しばかり会話をしました」

「あら、一体どのような話をなさっていましたの?」

「彼はレイフィールド出身なのだとおっしゃっていました。私達もそこに行くと告げましたらば、蛇に気を付けるようにと……」

「蛇……ですの。少し興味深い話ですわね」

「はい。あの蛇革の財布はレイフィールドで駆除した蛇を利用しているらしいです。相当溢れているんだそうですよ」

「どの様なサイズの蛇かは知りませんが、街の方々は大変でしょうね。近衛の一部を先に派遣し、駆除の加勢をさせようかしら」

「よいお考えです。私の方から彼等に話を伝えておきますね」

「ええ。お願い」


 ステラは激しく目を瞬かせる。

 彼等の言うとおり、レイフィールドに起こっている現象は結構興味深い。

 かの地では今何かが起こっている。雷神ですらも放置する程の何かが……。


(収穫祭はほどほどにして、なるべく早くレイフィールドに行ったほうがいいのかな?)


 ステラは大きな事件に関わり始めているような気がして、一つため息をついた。


◇◇◇


 次の日の朝、列車は帝都に到着した。

 巨大な駅の中は収穫祭用と思われる飾りがいたる所にほどこされていて、素朴でありながらも華やかな空間にされていた。

 祭が開催されていれば、それ相応の数の観光客がいるもので、足取りの怪しい者達がその辺をフラフラしている。


「目の前をうろつくな! 邪魔だ!」

「んだと! てめぇ!」


 酔っ払いに怒鳴りつけたのはエルシィの近衛だ。

 エルシィの身分を隠す為に私服を着ているというのに凄まじい形相で他所様を睨みつけるので、一般人らしさがまるでない。

 そうじゃなくても、これだけ大勢で移動していればどうしても目立ってしまうだろう。

 きっとそのうちバレるに決まっている。


「ステラさん、帝都の朝食は美味しいと評判なんです。幾つか候補を調べてまいりましたから、まいりましょう!」

「うん! 楽しみなんです!」


 エルシィの楽し気な顔を見ているうちに、ステラも行楽気分が戻ってきた。

 気になる事は多々あるけれど、折角実の姉とここまで来たのだから、出来るだけ帝都を満喫するもりだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る