行商人の正体とは?
ヴァルドナ帝国内の
『無料でいい』と差し出された蛇革の財布の所為でうさん臭さはいや増し、ステラは一歩、また一歩と後退する。
「その財布のデザインは私の年齢には早すぎな気がするです」
「そんな事はないだろう! 財布というのは金を持ち運べたら何でもいいはずだ!」
「そういう効率的な考えは嫌いじゃないですけども……、好みじゃないっていうか……ごにょごにょ」
しどろもどろに財布を拒否すれば、青年は拗ねるような顔をした。
「我儘な事言うなよっ! 人間社会に馴染むには、気に入らない物だとしても持たなきゃならないんだ! 貰え! あんたにならタダでいい!」
「うぅ……、この人押しが強い。苦手なタイプなんです」
「あんたの事だから、金を持ち歩いていないだろう! 受け取れ、オラオラオラオラ!」
「ぐににに……」
列車に戻りたいのだが、青年に手首を掴まれてしまって動けない。
彼はそれだけに飽き足らず、生臭い蛇柄財布をステラの頬に押し付けるものだから、さすがにイライラしてきた。
だんだんと頬が膨らんでいくステラを見るにみかねたのか、アジ・ダハーカがようやく口を開く。
「小汚い男よ。これがお主の部族の礼儀か? 野蛮なものだな」
「お前、俺を忘れたのか?」
「アジしゃん、この人、知り合いですか?」
「むぅ……、知り合いとな? そうであったか?」
しきりに首を傾げる相棒の様子からは、行商人の記憶があるとは思えない。
何とも言えない空気になったその時、列車の方がにわかに騒がしくなった。
「エルシィ様!」
「ステラさんから手を離しなさい!!」
レイピアを片手に現れたのはエルシィだ。
例によって彼女を止めようとするお付きの少年が後方で慌てふためいている。
エルシィはレイピアを鞘から抜き放ち、剣先を行商人の顎に突き付けた。
「小さな子に
「小さな子……? この方が?」
行商人は目を剥いてステラを凝視している。
先ほどからの彼の態度と、自分に対するこの物言い。ステラは漸く何かがおかしいと気が付いた。
(この人、私と面識があるのかな? アジさんともありそうだよね?)
ちゃんと話してみた方が良い気がするが、今エルシィの前でマズイ話題になるのも問題がある。
どうやって話を切り出そうかと悩んでいるうちに、汽笛が鳴った。
「出発の準備が整ったみたいですわね! ステラさん、こんな人ほっといて車内に戻りましょう」
「えっと……、う、うん。まぁ、いっか」
行商人と話したいという考えは、エルシィに逆側の手を引かれると霧散してしまった。頭をぼりぼりと掻く青年に適当に手を振り、列車へと戻る。
ステラの代わりに行商人の相手はエルシィの付き人が務めるようだ。駅舎に向かって行商人の背中を押している。
この後、きっと駅員さんに引き渡されるんだろう。
(ちょっと気になるけど、どうでもよくなったなぁ。でも、昔知り合いだったんだとしても、気が合わなかったんだろうな~)
今までの経験上、ああいう人間に深入りしたなら
ステラとエルシィ、そしてアジ・ダハーカが車内に入ると、すぐに列車が動き出す。
どういうわけか、相棒は蛇革の財布を咥えていて、毛足の長い絨毯の上にペッと吐き捨てた。
「むむ……」
見間違いでないなら、今、財布の外周をパリパリとプラズマが走った。
ステラは頭の中で、パズルのピースがピタリとはまるような感覚になったのだが、結論づける前にアジ・ダハーカに問う。
「アジさん、何でコレを持ってきちゃったですか?」
「いや、あの者に縁のようなものを感じたのだ。遠い記憶の中に、見知った力の持ち主がいるような気がしてな……」
「見知った、力……」
「あれは神なのかもしれん」
「「えっ!?」」
相棒からの一言に、ステラとエルシィの声が綺麗にハモる。
驚きはしたけれど、なんとなくシックリきた。
あんなに儲ける気のない商売人なんて居るはずないのだ。
「姿もエーテルの放出具合も、大昔からだいぶ変わった。だから確証はない。だが、儂の勘は『アレがおそらく雷神インドラなのではないか』と告げているぞ」
「イ、インドラって! うにゃあぁぁぁ~~~!! 列車を戻してくださいです!!」
旅の目的はブラウンダイアモンドを元の持ち主に返す事だ。
だから雷神を探す必要があったのだが、まさか偶然本人と会うとは想像もしていなかった。
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