青髪の行商人

 王家の列車は開いている線路をうまく活用して北上を続ける。

 乗り換えずに済むのは楽でいいけれど、込み具合によっては割と長めに停車したりもする。

 今も帝国内のとある駅に長時間停まっていて、図書スペースに移動したステラは流れなくなった景色をぼんやりと眺める。


「ステラよ」

「あぇ?」


 半分寝かけていたところを相棒に声をかけられ、間の抜けた返事になってしまった。アジ・ダハーカはそんなステラに目を細めつつ、これからの予定について聞いてきた。


「帝都に行き、収穫祭に参加すると言うておったな?」

「うん。大規模だからエルシィさんが見てみたいって言ってたです。屋台とかで珍しい物を食べれるかもですね~」

「それは楽しみだが、そもそもその収穫祭は本当に開催されるのか?」

「と、言うと?」

「ヴァルドナ帝国は近年まれにみる凶作なのだと聞く。だというのに、収穫祭で何を祝うというのだ?」

「凶作……。そういえば、エルシィさんもそんな事を言ってた気がするです」


 ヴァルドナ帝国は今年、異様に降雨量が少ないらしい。

 特に目的地の一つレイフィールドが酷いようで、土地の一部では早くも砂漠化していきているのだとか。

 砂漠はもっと暑い国で興るものと思い込んでいたため、ステラは少し違和感を感じている。


 それはさておき――


「――収穫祭はちゃんと行われるみたいです。エルシィさんのお付きの人が調べたので確かっぽいですよ」

「ふむ。農作物のみならず、観光客まで失ってたまるかという意地か。観光収入で税収をキープしたいのであろう」

「収穫祭の時ってそんなに儲かるですね」

「らしいぞ。騒ぎ事に参加した人間は頭がハイになり、欲しくもないものを買ったりもするものらしいからな。人間どもと同等と思われたくないから、前もって言っておくが、儂は初めからウォッカが目的だ!」

「アジさんはいつも酒の事ばっかなんです」

「楽しみのない生活を送るくらいなら、消滅した方がマシだろう! ところで、巫女はどうしたのだ? 先ほどから見かけぬが」

「エマさんは列車内のパティシエさんにシフォンケーキのレシピを聞きに行ったです。よっぽど味を気に入ったですね」

「お主に食わせたい一心だと思うがな」

「作ってもらったらいっぱい食べるです!! お?」


 ステラは興味深い光景を目にし、動きを止める。

 列車の近くを青年が歩いているのだ。

 身なりから想像するに、行商人だろうか? 目の覚めるような色合いの青髪をタオルのような布で覆い、粗末な箱を首から下げている。

 彼はこちらの列車では止まらず、隣に停まった列車へと近づいて行く。

 愛想よく乗客に声をかけているところを見るに、やはり何かを売り歩いている。


「あの人、何を売っているですかね?」

「気になるのなら見に行ってみるか? こっちの列車はまだまだ発車する気配はないし、少しばかり外に出ても許されるだろう」

「そうですね! ずっと中に籠っているのも窮屈なので、行ってみようです」

「旨そうな物を売っていたら買ってくれ」

「ほいほい」


 相棒の提案を気に入り、ステラは立ち上がる。


 図書スペース近くのドアから列車外に出てみると、空気がかなり乾燥していた。


「唇がすぐに渇いちゃいそうです」

「うむ。以前この付近に遊びに来たときはこのようではなかったのだが……。渇水は相当深刻なのだな」

「うん。この辺に住んでる人は可哀そうなんです」


 他愛のない話をしながら行商人に近付いて行くと、彼は声をかける前に振り返った。

 向こうも随分驚いたようだが、こちらもビックリする。

 行商人は質素な身なりをしているのに、容姿はかなり整っていた。

 長めの前髪に見え隠れする目は、瞳が黄金色で、瞳孔がやや細い。鼻筋や頬に白い模様が施されているのは、彼が特殊な部族の人間だからなんだろうか。


 そんな彼は目を見開いたままステラを上から下まで眺め、さらにアジ・ダハーカにやや剣呑な眼差しを向けた後、かすれ気味の声を発した。


「あ……えーと。いらっしゃいませ? でいい?」

「ん?」

「あーすまん。すいません。買って行きますか?」


 明らかにおかしい態度だが、幸か不幸か周りには変人が多いステラは、こういうタイプの人間に慣れていた。

 マフラーで口元を隠して、半眼で行商人を見上げる。


「どうもなんです。何を売っているのか気になったので、来てみただけなんです。そういう子供はお断りなんです?」

「違う! むしろ無料で持って行け! ほらっ!」


 突き出されたのは、蛇柄の財布だ。

 お金持ちの奥様が持っていそうなデザインのそれは、いかにも怪しい。

 彼が無料で良いと言っているのは、やはり後で高額な請求書を送りつけるつもりだからなんだろう。


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