夕飯時の訪問者
ヴァルドナ帝国にエルシィと共に行くとしても、その為には幾つかの壁を超えなければならない。
その1つは旅行中のアイテム管理だ。
ステラは現在冒険者ギルド前の売店にはポーションを、西区の売店には”似非エーテル薬”を出品しているわけだが、今では冒険者やヴァンパイアのリピーターがかなりいる。供給をストップしたなら、多大な迷惑を与えてしまうことだろう。
彼等にどうやって対処すべきか悩ましい。
そしてもう一つの壁が今目の前に居る。
「ヴァルドナ帝国に旅行だって……? しかも第一王女と一緒に?」
夕食時に、ステラが何気なさを装って旅行の件を持ち出してみたところ、案の定義兄の地雷を踏み抜いてしまったようだ。
笑顔のままなのに、彼の背後に黒いオーラが見える。
何かを察したエマがパンを頬張ったまま横目にジェレミーを見て、サッと他の方向に反らした辺りからも、どす黒い何かが滲み出ているのは確実だろう。
「エルシィさんに誘われたですっ。行楽とかいうイベントに私と一緒に行きたいとか言ってたかな……。良く分かってないですけどもっ、盛大な収穫祭とかレイフィールドに行ったりして、二人でバカ騒ぎして来ます!」
「君達さぁ、ついこの間妖精の国に行ったばかりじゃない。そんな何回も君を連れまわすだなんて変だよ。良からぬことを企んでるかもしれないなぁ」
「そんな事あるはずないんです! エルシィさんは高潔な人ですから! いくらジェレミーさんでも、悪口言ったら許さないんです!」
実の姉であるエルシィをおかしな風に言われ、ステラはつい強い口調で返す。
言い過ぎたかと思って口を抑えたものの、そのような配慮は不要だった。
ジェレミーが特に反省した様子も見せず、別の理由で帝国行きを否定しはじめたからだ。
「――でも、学生の時分にただの遊びの為に貴重な時間を使ってもいいのかな。あまり関心しないね。もっと有意義な過ごし方があるんじゃないかなぁ」
「それはそうですケド……」
帝国行きは遊びだけを目的としているわけじゃない。
”ブラウンダイアモンドの調査”というちゃんとした目的もあるのだ。
謎を解き明かして、今後のリスクを回避出来たなら、それなりの成果といえるだろう。
だけども、これをジェレミーに打ち明けた場合、芋づる式にアレムカの件が明るみに出そうだし、駅の売店への出品を問題視されかねない。
どうやって説得したものかと悩んでいると、玄関の方から呼び鈴が聞こえた。
「こんな時間に誰だろ?」
「今夜は僕に来客はないはずだけど」
「警備員の出番。見てくる」
「う、うん。よろしくなんです」
少し張り切った様子のエマがダイニングルームを出て行き、直ぐに戻ってくる。
微妙な表情をしているので、望ましくない人間が来たようだ。
「アレムカの孫が来た」
「え? ブリジッドさんが?」
「うん。会う?」
「……行くです」
アレムカにされた事を思えば、正直会いたくない相手だが、追い払うのも心苦しい。仕方がなしに席を立ち、ダイニングルームの扉へと向かう。
ジェレミーが探るように自分を見るのを素知らぬ振りで
「白い粉……。はっ! 今、雪が降ってるですか!?」
「そんなわけないじゃん。白髪の女の子に塩を撒かれたんだよ! 酷いっ!」
「そ、そうだったんだ」
「やっぱりマクスウェル家ってまともじゃない奴ばっかなんだね! お客ちゃんは良い人だと思ったのに、アレムカ婆ちゃんに悪いことしないでよ!」
エマが塩を撒いたのには理由があったようだ。
さっきからずっとこんな調子だったなら、不審者扱いされても仕方が無い。
「今日の朝、婆ちゃんが起きてこないから見に行ったら、お客ちゃんの所為で期待していた現象が起こらなかったとか、……詳しい話は忘れたけど、ショックで布団から出たくないって!」
「あの、誤解してるみたいなので、こちらも言いたいです。アレムカさんに
「きっとその事だよ! 『ブラウンダイアモンドがドータラコータラ』と言ってたのを思い出した! どうして呪いを受け止めてくれないかな! 強いんでしょ!?」
「無茶言うなです! ヘンテコな事ばかり言うんだったら、私だって塩撒いてやるですよ!」
「撒かれたら撒き返す!」
押し問答を続けるステラとブリジッドだったが、第三者の介入で黙らされるはめになった。
「君達。今の話はどこから本当で、どこから創作なのかな? 詳しく聞かせてもらおうじゃない」
ギョッとして振り返ってみれば、ダイニングルームに居たはずのジェレミーがさっきよりも良い笑顔で立っていた。
この感じだと、ブリジッドだけではなく自分も無事では済まないだろう。
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