疑い
街へと用事を足しにに行ったエマが駅の売店に寄ると、バイト少年がステラのポーションを他のポーションとすり替えようとしていたらしい。
しかもそのポーションを【アナライズ】してみたところ、【感電】の効果があり、マクスウェル家の居間には不穏な空気が漂い始めた。
ステラとエマが黙りこくる中、同席していたジェレミーが口を開く。
「君さ、冒険者ギルド前の売店で働いているよね? これは鉄道会社本部からの指示?」
「……」
「少し痛めつけたら口を割るのかな?」
壁に飾られたレイピアを、ジェレミーは微笑を浮かべたまま手に取る。
迷い無くやってのけるあたり、この手の脅しをやり慣れているのかもしれない。
しかしながら、少年の方も脅され慣れているようだ。
「……ここはマクスウェル家だよな? 俺に危害を加えたなら、そのことを市中で言いふらす」
「今更マクスウェル家に悪評が一つ増えたって、誰も驚きやしないよ」
「ちっ。めんどうな家に関わっちまった」
「自分から仕掛けといて、何言ってるんだか」
二人の会話を聞きながら、ステラは頭の中で情報を整理する。
この少年は何の為にステラのポーションと、他人が作ったポーションを交換したのだろうか。
思い返してみれば、以前冒険者ギルド前で売られていたポーションにも”感電の効果”が付与されており、粗悪品と言ってよかった。
そして今回のポーションにも同様の効果があるのだから、繋げて考えない方が難しい。
(もしかして、以前出品していた人のアイテムも、この人の手で別のやつと交換されていたのかな?)
あの売店でアルバイトした日、ステラは以前までの出品者と顔を合わせた。彼女には一方的に恨み言を言われただけだけではあるが、妙に印象に残っている。
それはやっぱり、売場を奪った罪悪感があるのと、向こうがステラに対して勘違いをしていたからだ。
原因はこのバイト少年にあるのだろうか?
(どうして別のポーションと交換しようとしていたのか、ちゃんと聞きたい!)
ステラは目に力を込め、少年を見据える。
「あのっ! 勝手に人のアイテムを交換しようとした理由って何ですか?」
「簡単に言うわけないだろ? 馬鹿じゃないのか?」
「むかぁ……。一度はアルバイト仲間になりましたが、たった今から敵なんですっ!」
「よくあんな短時間に仲間意識が芽生えるな。騙されやすそうだ。いってぇ!」
いきなり少年に巻かれた荒縄が発光し、彼自身が飛び上がった。
ギョッとして引き気味に様子を観察してみれば、少年の後ろから目を尖らせたエマが顔を覗かせた。
おそらく彼女が怒りに任せて攻撃してしまったんだろう。
「理由言うべき。吐かないなら、もう一回ビリビリだから」
「こいつ……。さっきから面倒くさいやつだ」
入り口側の二人が睨み合う中、ジェレミーが大袈裟にため息をつく。
「埒が開かなそうだね。ステラ、自白剤を作ってこの少年に投与してみたら?」
「自白剤……ですか。でもそれって、使われた人が死んだりするですよ」
「いや、確かグレイスさんが危険性の少ない自白剤のレシピを考案していた。飲んで死ぬような物ではなかったはずだから、心配いらないよ」
「ほほぅ……」
師匠であるグレイスは上品な女性だが、マクスウェル家の生まれなだけあって、怪しげなアイテムの製作も行なっていたようだ。
だけど流石は師匠。
製作者が罪に問われるような効果にはしていなかった。
自白剤を作り、この少年が何をしようとしていたのか聞き出してしまおう。
ステラは心を決めた後、少年を地下の独房に入れ、早速自白剤作りに取り掛かった。
ジェレミーから渡されたグレイスのレシピは、マクスウェル家の庭で栽培している薬草などで作れるものだったため、素材の用意は簡単だ。
後は丁寧に書かれた手順通りに調合し、ものの三十分程度で出来上がる。
両手鍋いっぱいの自白剤を持って現れたステラを目にし、少年は顔をこわばらせた。
「そんなに早く出来上がるなんておかしいだろ!?」
「おかしくないですよ? 庭にいたコオロギで効き目を試したら、ちゃんとカラカラと鳴いてたんで、多分成功してるです!」
「コオロギ語が分かるのか……?」
「正直に話してるって勘で分かったです!!」
「はぁ?」
「ステラ様もゴキブリも正しい事言ってる。ゴキブリが鳴くのは珍しいから、薬が効いた」
「コオロギじゃなくて、ゴキブリだったのかよ……。おかしな奴等だ」
「貴方の口から聞きたいのは、そういうのじゃないです。洗いざらい吐くです! とうっ!」
鍋いっぱいに入った自白剤を浴びせかけると、少年は頭を押さえてガクガクと震え出した。まさかの失敗だったのだろうか?
「俺は、金で雇われて、1カ月前からあの売店のポーションに嫌がらせをしていた……」
少年が語ったのは、興味深くも放置しておけない内容だった。
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