良妻戦争
エマの義姉であるパーヴァが去った後、ステラはカーラウニに”妖精の大麦”を渡し、エマを連れて帰宅した。
しかし、家にはパーヴァ以上の難敵が待ち受けていた。
ステラの義兄ジェレミーである。
コンロの上でフライパンを振っていた彼は、ステラの説明を聞くと笑顔のまま固まった。
「ジェレミーさん! 今の私の話聞いてたですか? エマさんの家はデンジャラスな暴力人間ばっかりなんで、ウチで匿うべきなんですっ」
「……」
「にいちゃん! 真剣に聞くです!」
「ハッ……! もちろん真剣に聞いていたよ。まぁ……絶句しちゃったけど」
「エマさんを放っておけないんです。詳しいことは言えないですが、力があるばっかりに、利用されやすいんです」
「そう? エマなにがし君の僕を見る目、大人を通り越して、お年寄り並みに達観してるような……。1人でも充分生きていけそうに思えるなぁ」
「むぅぅ……。そんなにエマさんを拒否するなら、この家を出て行くです! アジさんとエマさんの三人で楽しく暮らすですよーだ!」
「なんだって?」
勢いに任せて独立を宣言してみると、ジェレミーの声が地を這うかのように低まった。
地雷を踏んだのだと気が付いたが、ここまで来たら引くに引けない。
「本気なんです!」
「ステラちゃん。君の大好物は何だっけね?」
「ええと……。ジェレミーさんが作ったオムライスとフルーツ牛乳ですけども、それがどうかしましたか?」
「家を出るってことは、今言った二つのうち、片方が食べられなくなるけど、それでもいいんだね」
「はぅ。そうだった……」
ステラは半べそをかいた。
トロトロの卵が乗ったオムライスをもう食べられるかと思うと、今後の人生に希望を持てなくなる……。
一度胃袋を掴まれたなら、抜け出すのは至難のわざのようだ。
顔を青くさせるステラをエマが
「オムライス。作れる。この人と同じか分からないけど……。研究するっ」
「エマさん!」
ステラはエマの優しさに感動した。
彼女の性格についてはまだあまり知らないけれど、話してみると当初感じた過激さが薄らぐ。こんな感じなら、一緒に住んでもうまくやっていけそうである。
しかし、和んだ空気は一瞬にして凍り付く。
ジェレミーがフライパンを静かにコンロに置き、人差し指をスッとエマに向けたからだ。
「僕のオムライスの味を模倣してステラに媚びようだなんて、随分なめたことを言ってくれるね」
「かみ……じゃなくて、ステラ様の為だから。私。前世の記憶ある。家事全般困らない」
「ほぉ?」
どす黒い笑顔で、エマを威圧するジェレミーだったが、流石に不利とみたのか、急に謎の提案をした。
「そっか。でも二人揃って幼女にしか見えないんだし、心配だな。やっぱり家に住むといいよ」
「エマさんを家族として認めてくれるですね! 有難うです!」
「家族と言うか、警備の者として雇いたいかな。前からちょっと家の周りの安全が保たれてないと思ってたし」
「なるほど! エマさんはこう見えて強い人なのでちょうどいいかもですね!」
「へーーー、そうなんだ。だけど、君の評価だけで採用することは出来ないな。役割を遂行できるだけの能力があるのかどうかを、僕自身で確かめてみないと」
「む?」
「エマ君。僕と勝負しよう。君が勝てたなら、住み込みのボディガードとして雇うよ」
「えええ!? 酷いんです!!」
幾らエマが強くても、ジェレミーには勝てないだろう。
絶対無理な条件を付けて、追い払おうという魂胆なのが見え見えだ。
義兄のセコさに腹が立ち、ステラは彼が着るピンク色のエプロンに掴みかかった。
「このこのこのぉー!」
「あぁ……可愛い。癒されるなぁ」
「まぁまぁ、二人とも落ち着くのだ」
事態の収拾が不可能と見たのか、その辺で酒のつまみをあさっていたアジ・ダハーカが口を出してきた。
「ジェレミーよ。大人としての余裕を見せてはどうだ?」
「余裕を見せる? 可愛い妹が出て行くと言っているのに、そんなの無理だよ」
「うまくやれば『お兄ちゃん優しい! 大好き』と言って貰えるかもしれんのだぞ」
「ふむ。興味深いね」
ステラは念のために「もう遅いんです」と言ったが、綺麗に無視される。
「勝負したいのなら、儂が条件を足そうではないか」
「聞くだけ聞こうか」
「ジェレミー。お主はサブジョブ縛りだ。ハンデ付きのお主だとしても、王都内で勝てる者は殆どおらんだろう」
「うーん……」
「それとも、このか弱い少女に勝つ自信が全くないのか? 負ける姿を義妹に見られるのがそんなに嫌なのか?」
「そんなわけない。むしろ10分もあれば片が付くかもね」
小さなドラゴンはうまくジェレミーを乗せたようだ。
すっかりヤル気になっている。
ジェレミーのサブジョブはステラと同じ魔法使いである。エマのメインジョブはそれよりレベルが低いものの、彼女の方は制限がないため、うまくやれば勝利が可能だ。
念のためにエマに確認してみると、やってみたいと返されたので、ステラは彼女に任せてみることにした。
訓練所に場所を移して行われた二人の勝負は深夜まで続く。
これだけ長時間になるとどちらかのMPが底をつきそうなものだが、二人ともMPを節約する戦闘を心得ているようで、勝敗が付く気配がない。
見学しているだけのステラが先に意識を飛ばすはめになったのだった。
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