地下に生きる格闘家(SIDE エルシィ)
風船が破裂する音に、エルシィは眉を顰める。
魔法学校側の陣地に襲撃してきた男は”ステラ・マクスウェルだった物”に突き立てていた鉤爪を斜めに振り、風船の残骸を地面に落とした。
もし、そこに立っていたのが本物のステラだったらと思うと、背中に悪寒が走る。
(このヴァンパイアの名前は……たしかユスティア・メイユ。都立商業学校に通う18才……じゃなかったかしら)
以前フランチェスカから貰った資料によれば、このユスティアという男のジョブは格闘家だ。レベルは63だったと記憶しているが、軽く手を合わせた感覚からすると、もっと上のように感じられた。
カーラウニの取り巻きはかなり多いのだけれど、その中でも彼の情報は妙に記憶に残った。レベルの高さも目立っていたが、それよりも彼がプロの格闘家だったからというのが印象的だった。
とは言っても、表舞台で活躍する選手などではなく、地下格闘技とかいう、ほぼ喧嘩に近い場での実績しかないらしい。
その彼はヴァンパイアにしてはひょうきんな表情で、不思議がっている。
「あんれぇ? 本物の幼女かと思ったのに、爆発しちまった。はえー良くこんな小細工考えるもんだ」
ユスティアはヘニョリと相好を崩してから、踵を返す。
(彼、私達とこれ以上戦闘しないつもりなんだわ……)
男の背中を見ていると、落ち着かない気分になった。
ステラが偽物だとバレたなら、エルシィ達はカーラウニを捕獲しにいく作戦になっている。
しかし、この驚異的な脚力を持つ男をこのまま行かせたなら、ステラが見つかるのは時間の問題だ。自分やレイチェルの移動速度から考えるに、その差は相当なもの。脚力の差だけで負ける要素が大きくなる気がしてならない。
(ここで……倒せたなら……)
「さーてと、次はどこを探そうかな」
「行かせませんわ!!」
「王女!?」
レイチェルの驚きの声を背中に受けながらも、【瞬間接近】でユスティアの右側に移動する。彼の顔がコチラを向くよりも早く、手首に向かってレイピアを刺す。
狙いは正確だった。
しかし、結果は、鳴るはずのない金属音が反響した。
「どうして!?」
逆側にあったはずの鉤爪が、こちらに振り下ろされ、レイピアを防いでいる。
「ヴァンパイアはエーテルの変化に敏感なんでね。後方からここに移動してきたのは、見なくてもも分かっちまうの」
「くぅ……!」
絡めとられるように奪われたレイピアは上空に放られ、男の手の中に落ちる。
エルシィは丸腰になってしまった心もとなさに、唇を噛みしめた。
(レイピアがなくても、私には魔法がある……。エーテルの気配に敏感だとしても、全てが通用しないわけではないはずよ)
しかしながら、あのレイピアはエルシィのステータスを大きく上げていた。
それがない中で、レベル的に格上の相手とどうやって渡り合えばよいのか。
目を揺らしながら考えを巡らすエルシィに、叱咤が飛んできた。
「ちょっと王女ー!! ステラの為に戦うのかと思って感動したってのに、いきなり弱腰になるなー!!」
「レイチェルさん……。弱腰などではありませんわ! 思考をまとめているのです!」
「実戦でノンビリ考え事したらだめだっての!」
口では文句を言うレイチェルだが、協力する気はあるようだ。
ブンッと空気を切り裂くような音がしたと思ったら、とんでもないスピードの鉄球がエルシィの脇を飛んでいった。
「……きゃっ!?」
「アタシがボコボコにしてやるよ!」
鉄球の行方は、当然ながらユスティアだ。
二対の鉤爪で受け止められた後、レイチェルに乱暴に回収される。
「おおー? 見た目よりずっと重かったな。受け止めるときの想定と違うから、やりずれーわ」
たんなる
彼の鉤爪を良く見てみると、鉄球が当たった箇所が僅かに湾曲していて、衝撃の大きさを物語ってる。
「一応アタシも魔法学校に通っているからねー、ちょっと手間をかけるくらいは出来るんだ」
(それほど大きなサイズでもないのに、重い……!? レイチェルさんは鉄球の材質を変えたか、それとも重量だけを操作した?)
どちらにしても、かなり器用に魔法を利用したように思われる。
王立魔法学校に入学した時から彼女の実力を認めていたエルシィではあるが、正直なところ、魔法の腕についてはからっきしだと思っていた。
実際、エルシィの付き人が分析したところ、レイチェルのステータス上、魔法全般がイマイチだった。
暫く彼女ステータスデータを更新していなかったが、かなり成長しているんだろう。
気が付くと、足元にレイピアが転がってきていた。
それを拾い上げ、軽く息を吐く。ここに居るのはエルシィだけではなく、レイチェルも一緒なのだ。
彼女と連携し、勝機を掴むのがベストだろう。
レイチェルはエルシィ以上に自信があるのか、かなり威勢良く噛みつく。
「それとさ、ヴァンパイアの兄さん。アンタ脚力凄いし、俊敏ではあるけど、瞬間的な反応速度はそこまででもないんだね! かなり運動神経が良い人間くらいかな?」
「だから何だよぉ?」
「アタシらにも勝てる見込みがあるのかなーって思っただけ!」
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