商業学校カフェテリアにて

 都立商業学校の校内をフランチェスカの案内で奥へと進む。

 魔法学校の白い制服が珍しいからなのか、はたまた、小さなドラゴンを連れているからなのか、ステラは通り過ぎる生徒達にチラチラと見られる。

 そうした人々を意識しないようにするため、前を歩く少女に話しかける。


「いとこさんも、同じ学校に通ってるですね」

「そーね。アイツの場合、殆ど登校しないから、校内ではあんまり顔を合わせずに済んでるけど」

「登校が少ないんですか。それってなんか変です。授業に出なくてもいいなら、在籍してない方がお金がかからないですよ?」


 素朴な疑問を口にすれば、紅色の瞳がコチラを向いた。


「お前も学生なんだから分かるでしょ。学校は様々な人間が集まるから、出会いの場としては便利なの」

「出会い! 確かに、私も学校に行くようになってから、友達たくさん出来ました!」

「……」


 フランチェスカは会話を途切れさせ、足を止めた。

 その視線の先に、大人っぽい雰囲気の女生徒達が居る。

 廊下に直接座ったり、壁に寄りかかったりしながら、大声で騒ぐ姿はガラが悪く、ステラの目にはなかなか新鮮に映る。


「あっれ~? フランチェスカ、まだ帰ってなかったんだ?」

「アンタが同じ空間に居ると、陰鬱な気分になっちゃ~う」

「あはは! ひど~い!」


 言いたい放題の少女達に、ステラはポカンと口を開けた。

 これほど悪意を込めた言葉を聞くのは久しぶりだ。

 初対面であるにも関わらず、彼女達にムカムカとしてくる。自分のトンガリ帽子を手に取り、尖った部分を先にして投げてやった。


「良く分かんないですけど、酷いんです! 今の言葉は全部ブーメランだと思います!」


 プリプリと怒るステラの姿は全く怖くないらしく、少女達はゲラゲラと笑うだけだ。悔しくて頬を膨らませるステラだが、頭上を飛んでいるアジ・ダハーカに宥められ、なんとか冷静さを取り戻す。


「他校のガキンチョなんか連れ込んじゃってさー、誘拐でもしてきた~?」

「アンタもケーサツに掴まるんじゃね? ――ヒッ!?」


 言いたい放題だった少女だったが、しかし目にも留まらぬ速さで、傍の壁を破壊され、口を閉ざした。

 何が起きたかというと、ステラの隣に居たフランチェスカが高速でムチを振ったのである。


「顔面に傷を付けたくなかったら、カーラウニの居場所を教えて」

「このぉ……。兄が犯罪者だと妹もやっぱヤバイ奴なんだ」

「多数派に属してるからって、自分が強いと錯覚してるんでしょう? いい機会だし、物理的に力関係を思い知らせてあげようか」

「かっこいぃ」


 フランチェスカが昨日よりも大きく見える。

 自信のようなものを取り戻したのかもしれない。


 不良少女は舌打ちを一つして、ナイフを取り出したものの、ちょうど良く近くのドアが開いたので、それが振るわれることはなかった。


「カーラウニちゃん! やっと起きたんだ?」

「何や騒がしぃな~」


 教室から出て来たのは長身の青年だった。

 ヴァンパイア族の特徴である黒髪に、紅い瞳の持ち主で、非常にスッキリとした顔立ちをしている。

 歳は20代前半といったところで、学ラン姿があまり似合っていない。


「カーラウニちゃん聞いて~。フランチェスカが私達を虐めるのぉ~」

「アイツ、鞭で叩こうとしたんだよ! 仕返ししてよ!」

「おー、おー。可哀そうやなぁ。ナデナデしてあげよか」


 まとわりつく少女達にデレデレと鼻の下を伸ばす青年は、名前から察するにフランチェスカのいとこなんだろう。

 念のためにアジ・ダハーカの方を見れば、コックリと頷き、同意を示される。


 こういう人間性の持ち主と話した事がないが、意思疎通が可能なのかどうか心配だ。


「カーラウニ。昨日連絡した通り、紹介した子を連れて来たわ」

「ちゃ~んと覚えとるで。想像した以上にチンチクリンだから、ガッカリやわ」

「むかぁ」

「チビなのは確かだが、魔力量は相当なものだぞ」


 カーラウニの侮辱にアジ・ダハーカがフォローしてくれるが、怒れるステラには意味が無かった。魔法の一発でもおみまいしてやりたくなり、無意識に腕がピリピリしてくる。

 しかしフランチェスカに腕を引かれ、雷魔法が炸裂することはなかった。


「わっ! フランチェスカさん?」

「こんな所で立ち話もアレだから、カフェテリアに行くわよ。カーラウニはそのブス女共を連れて来ないで」

「カフェテラスって……。そもそもまともな話なん?」

「早くしてよ」

「はいはい」


 ブーブーと文句を言う少女達を置き去りにして、ステラ達は校内にあるカフェテリアに移動した。

 放課後と言うこともあってか、誰も居ない。選び放題の席の中から、三人と一匹はド真ん中を選択し、腰を下ろす。


「ここまで移動してから言うのもアレやけどな、ワイはこの嬢ちゃんを手伝う気ゼロやから」

「……昨日伝えたでしょ? この子はヴァンパイア全体の為になる薬を作ろうとしてる。お前は一族の犯罪を減らそうとは思わない?」

「思わへん。吸血は神からヴァンパイア族に与えられた、神聖な行為。血を力に変える特殊な能力も手っ取り早くて好きやわ~。ヴァンパイア族から政治家を出して、吸血を合法化してほしいんよね」

「馬鹿じゃないの」

「酷い言い草やな。そもそも、こーんなガキが高度な薬を開発出来るんか? どーせ、家帰ったら、何時間でもアニメ観て、ゴロゴロと好きなだけ寝てるんやろ」

「ぎく……」

「週の三分の一程はそういう過ごし方をしているな」


 日頃の生活態度を指摘されると弱い。

 風向きが悪くなったのに気付いたのか、フランチェスカが助け舟を出してくれた。


「ステラは妖精の国で古の調合レシピを見つけたらしい。材料さえそろえば、作り上げられると思うわ」

「フランチェスカはんも、他人に媚びたりするんやね。意外やわ」


 カーラウニの態度からは、真剣さを全く感じられない。

 へらへらと対応することで、ステラに呆れさせ、適当にやり過ごそうとしていそうだ。


(どうしよう。この人もクラフターなわけだし、一度レシピを見せてみようかな。現物を見たら、作れると思ってもらえるかも)


 ステラは背負ったままでいたリュックを下ろし、中に入っていたファイルを取り出そうとした。その弾みで、何か別の紙が二枚床に落ちる。


「あれ?」

「リュックの中身整頓せーよ」


 カーラウニが床にかがんでソレを拾い上げ――動きを止めた。


「ママ……」


「「「ママ?」」」


 二枚の紙を凝視する青年は動きを止めている。

 その表情は相当なショックを受けたそれで、切れ長の目が恐ろしいほど見開き、丸い瞳孔が良く見える。


「あの……、それを返してく――」

「――何やねん、この写真……。ワイのママがキモイおっさんとチューしとるやんけ!!!」


 バシンッとテーブルに写真を叩きつける青年は完全にキレている。

 秀でた学には青筋が浮かび上がり、目が血走る。紅色の瞳との境界線があいまいになっているのがとても恐ろしい。


「……ちゅー?」


 こわごわとテーブルに乗った紙を見て見ると、それは昨日捨てたはずの”売店係長の弱味”なのだった。


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