トライデントは宿主を探す

 義兄との鉢合わせを恐れたステラは逃亡を図るが、事情を知らないエスカードに阻まれる。

 しかしながら、ジェレミーの部下の口から、彼がエルシィの訓練に手一杯で、この場に来られないと知ったため、ステラは浜辺に残る事に決めた。


 ある程度の人数が揃ったところで、エスカードが前へと進み出た。


「全体を4つのグループに分けるわね。名前と番号を呼ぶから、それぞれに分かれてちょうだい」


 それなりの時間をかけて職員を4つに分けるのは、グループごとに全く別の役割を担わせた方が上手くいくと踏んだからだ。


 番号順に説明するならば、

 グループ1:ガーラヘル沖に結界を張り、遠洋からのモンスターの侵入を防ぐ

 グループ2:浜辺一帯に結界を張り、アスピドケロンの上陸を防ぐ

 グループ3:アスピドケロンが連れてきたモンスターを無力化する

 グループ4:アスピドケロンの前後に人員を分けて一斉攻撃をし、トライデントを切り離す


 このような感じだ。


 エスカードから詳細が伝えられた職員達はキビキビと動く。プロの仕事ぶりを目の当たりにしたステラは感心しきりだ。

 当のステラはと言うと、グループ3及びグループ4と行動を共にし、必要に応じてアイテム士としてアイテムを使用するという役割を負った。


 再びエスカードに抱えられて、一瞬で中型のボート内に移動すれば、そこは危険極まりない場所だった。


「足元がフラフラなんです!」

「海の上だからね~。手すりに掴まっていて」

「ふぁい……」


 床にしゃがみ、手すりにしがみ付いても、全く安定しない。悠々と歩き回るエスカードの身体の作りは、一体どうなっているのか……。

 彼女の動きを目で追っていると、浜辺から自力で飛んできたアジ・ダハーカが手すりに止まった。


「アスピドケロンはだいぶ移動してきておるな」

「うん」

「双眼鏡を出した方が良いか?」

「あ、欲しいです! ついでにコートも下さい」


 相棒がポイポイと取り出す双眼鏡やコートを危なっかしく受け取り、それぞれを身につける。何故かコートが、義兄が買ってくれたクマ耳が付いた幼児用の物だったが、寒いので贅沢は言っていられない。


 首から下げた双眼鏡で周囲を見回すと、魔法省職員達の働きを確認出来た。

 浜辺では結界を張る者達が居る。沖に向かう3艘のボートがある。そして、このボートでは今、海に足場を作るべく、土系の魔法を駆使しているようだ。


 暫くすると、戦闘員達が足場に移動していった。

 これから作戦が始まるらしい。

 ステラ達がジロジロと見ている中、エスカードが船首に立ち、号令をかける。


「撃てー!!」


 合図を受け、職員達が一斉に雷系等の魔法を放つ。

 海面一体が金ピカに光った後、おびただしい量の生物が腹を上にして浮かんできた。モンスターだけではなく、普通の魚も混ざっている。


「死体だらけです!」

「殆どが気絶しているだけだろう。一定間隔で雷撃を食らわすつもりのようだが、モンスターに耐性が付いたらまずいかもしれんな」

「時間勝負ですか」


 エスカードの指示が続く。


「第4グループA班は亀ちゃんの頭の方から一斉攻撃してね。充分に注意を引き付けられたら、B班がトライデントを尻尾ごと切り落とすわよ! 私が一発目をお見舞いするわ!」

「「「了解!!」」」


 第4グループA班の大技がアスピドケロンに炸裂する。

 水面から噴き上がる火柱を受けても亀はビクともせず、反撃とばかりにこちら側のステータス値を下げて来た。こうなると、ステラの出番が近い。


「ステラちゃん。ウチの子達が怪我したら、アイテムを使って治療してあげてちょうだい!」

「ほい! 任せて下さいです!」


 手持無沙汰だったため、ヤル気がみなぎるステラである。

 無力化されているモンスター達に、雷の耐性が付いてしまってからが忙しくなりそうだ。


 そう思っていたのだが、予想外の事が起こった。

 浜辺を目指していたはずのアスピドケロンが進路をコチラに変更したのだ。

 しかも、妙にスピードが出ている。


「げ! 何でコッチに来るですか!」

「亀ちゃん単体だったら、そこまで危険はないはずだけど、バリアを――って、近づいて来るのが早すぎる!!」 


 ステラはバリアを張りながら、巨大亀に異変が起こっているのを見てとった。

 尻尾――ではなく、トライデントが明るい水色に輝いているのだ。


(さっきまでは時々光る程度だったのに。何か変!)


 それに気を取られたせいで、魔法の発動が遅くなった。船にアスピドケロンが体当たりし、その衝撃で、中腰状態だったステラはコロコロ転がる。

 逆側の手すりにドンと背中がぶつかり、あまりの痛みに呻いた。

 そんなステラに、エスカードから厳しい声がかかる。


「ステラちゃん! 後ろ!!」

「へ?」


 振り返ってみて、小さく悲鳴を上げた。

 間近にイカに似た巨大な目があり、ヌルヌルの触手がステラに伸びていたのだ。

 その触手はアジ・ダハーカのブレスで焼き払われるが、ステラは驚きのあまり、ヨロリとする。

 タイミング悪くアスピドケロンの二撃目の体当たりが決まってしまい、手すりの間から体がすり抜けた。


「ふあぁぁ!」

「ステラ!! このチビが!!」


 ザブンと海面に身体が叩きつけられ、全身が一気に冷却される。

 しかも、イカ――もといクラーケンの触手が足首に巻き付き、海の中に引きずり込まれる。


(う……ぐ……。息できない。身体動かない……。でも、負けない……)


 必死で撃った【疾風】は上手くクラーケンの脚を切り裂いたのだが、その時にはもうかなりの深さまで持って来られていた。

 口を開けた所為で、肺から空気が抜けていき、代わりに大量の海水が入ってくる。

 そのしょっぱさがとんでもなく苦痛だ。


(このまま……死ぬの? お母さんと、お父さんに……一回だけでも……)


 意識が遠のく中、不思議な声を聞いた。


”汝、世界の理を知る者

    生命の源を自在に操る者

        我が主人に相応き強者つわものよ……”


 何故だか分からないが、この声はトライデントから発せられているのだと察した。言葉の意味を考えたいのに、頭が全く機能しない……。


 絶望し始めた時、首の後ろに力が加わった。フードが引っ張られているのだろうか? そのままパッと身体が軽くなったと思ったら、呼吸が出来るようになった。


「うげぇ……。しょっぱ……」


 海水を吐き出したかったが、飲み込んでしまった所為で腹がタプタプするだけだ。


「はぁ……。少しは守る側の気持ちも考えてよ」


 誰かが回復魔法をかけてくれている。

 次第にクリアになる視界の中で、義兄がステラを覗き込んでいるのが分かった。

 表情は厳しいものの、背中を撫でてくれる手はまぁまぁ優しい。

 辺りを見回せば、ここはさっきまで居たボートの上で、船底にはクラーケンが血を流して倒れていた。目の部分に義兄が愛用する短刀が刺さっているので、彼が倒してくれたとみて間違いないだろう。


「うぇぇ……。ニイチャ……ニーチャン」

「溺れた感想は後で聞くよ。まずはアイツを倒さないと」

「……うん?」


 ジェレミーはアスピドケロンを向いている。

 しかし、危険かもしれない。海の中で聞いた声がトライデントのモノで間違いなければ、アレは新たな宿主を探している。

 強さを見せたら、彼に適性があると判断されるかもしれないのだ。


(トライデントを壊さなきゃ……。私が……)


 濡れた犬の様に身震いしてから、ステラは巨大な亀に両手をかざした。


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