海は危険な場所らしい
土曜日の朝。
赤いプレートに乗せられた朝食用のワッフルを切り分けながら、ステラはコッソリとため息をつく。
外がカリカリとしたワッフルも、バターのコクがちゃんと感じられるスクランブルエッグも、大変ステラ好みであるけども、頭の中に心配事が渦巻いて、ちゃんと味わえない。
口に入れないままワッフルを切り分けたり、プレートのわきに寄せたりする無駄な行動に気づいたのか、義兄がコチラを向いた。
「口に合わなかった?」
「うんまいですけども……」
「も?」
「えっと……、気になってる事があって……。ガーラヘル沖が凍り付いてるって本当なんですか?」
その質問を待っていたとばかりに、ジェレミーは一度深い笑みを浮かべ、テーブルの上にガサリと新聞を乗せた。
「この記事を見てよ。夏だというのに、今、海が凍ってて、海洋モンスターが浜に押し寄せてきてるんだ。おかげで、魔法省のウチの部は大忙し」
ステラはフォークとナイフを握ったまま、テーブルの上に身を乗り出し、長い指が差す記事を読んだ。すると、昨日はクラーケン等の危険生物も出現していて、義兄が言うように、魔法省の職員の働きぶりも記されていた。
「ほんとだ。寒いのかなぁ」
「ステラよ。やはり今日のバイトはやめておいた方がいいだろう。先日お主の弱点――」
「わわっ! バラしたら駄目なんです!!」
妖精の国でアビリティがランクアップしたのは、まだジェレミーに内緒にしていたいのに、相棒ときたら漏らす気まんまんだ。ステラはフォークに刺さったワッフルの欠片をドラゴンの口に突っ込み、無理矢理黙らせる。
笑顔のまま首を傾げる義兄は、かろうじて内容を察していないようだ。
ステラも作り笑顔で席に着き、大袈裟な所作で食事を再開した。
「怪しいなぁ、君達……。でもステラの今の様子じゃ、もう海に行こうなんて考えてなさそうだね」
「うーん。やっぱりそっちのがいいのかなぁ」
「大人しく家で待ってたら、夕食は君の好物を作ってあげよう」
「フワフワ卵のオムライスがいいんです!」
「いいよ。新鮮な卵を買ってこなきゃね」
義兄の作るオムライスは、王都中のレストランが束になっても敵わないくらいに美味しい。それを食べるためならば、海行きを諦められる気がした。
「でもさ、ステラがどうしても泳ぎたいなら――」
「坊ちゃん! 王城から迎えが来ておりますよ!」
会話を遮る形で入室してきたのは、マクスウェル家の家政婦だ。
家に来た人物に委縮しているのか、顔を赤くさせたり、青くさせたり、気の毒なことになっている。
ジェレミーはウンザリした表情で席を立ち、テーブルの上の鍵束をポケットに入れる。
「やれやれ。まだ午前7時だっていうのに、随分早いお出ましじゃないか」
「あ、エルシーさんの稽古の予定でしたね」
ついつい、いらないことを言ってしまったステラは、両手で口を抑えるが、彼は気にならなかったようで、スタスタと入口に歩いて行った。
「じゃあ、行って来るよ。オムライスを食べたいなら、大人しくしていてね」
「うん! 行ってらしゃ~い、なのです」
義兄がエントランスから出ていき、魔導車が走り去る音が聞こえる。
これでステラの身はフリーになったわけだが、だからと言って、海に行こうとも思えない。椅子に深く座り直し、義兄が置いていった新聞をたぐりよせる。
もう一度読みなおせば、レモラという魚の姿をしたモンスターが浜辺に大量発生した所為で、彼等が使う冷気の魔法が海を凍らせているのだという。
先ほどのアジ・ダハーカの言葉にもあったとおり、ステラの弱点が冷気系の魔法なのだと判明した今、危険な海に行ったら、コロリと死んでしまうかもしれない。
「アジさん。クリスさんにお断りしてきてくれないですか?」
「む……。面倒だな」
「だって、私が行ったら、簡単にあの人に丸め込まれてしまうかもですよ?」
「たしかにな。儂が行くのが確実かもしれん。帰ってくるまでの間に、瓶ビールを5本冷やしておいてくれ」
「うん」
相棒は、蒸した鳥を大きな口で頬張った後、窓から出て行ったが、何故か直ぐに戻って来た。
「まだビールを冷蔵庫に入れてないんです」
「当たり前だろう! そんな事より、クリス・クラークが我が家に向かって来ておるぞ」
「えー……」
面倒な展開になっているようだ。
窓に近付き、庭を見れば、確かに赤毛の少年がフラフラと前庭を歩いていた。
仕方が無く彼の名を呼び、小さく手を振ると、彼はダルそうな表情でコチラに近付いて来る。
「大学にドローンを届けたついでに迎えに来たんだよね。準備出来てんの?」
「えーと、そのー。やっぱり海の家はやめておくんです」
「は? 何で?」
ジトリと睨まれると、タジタジになる。
売店部の先輩とはいえ、自分の弱点を伝えるなんて馬鹿な事はしたくはない。
ステラは適当に誤魔化す為に頭を働かせた。
「やっぱり私じゃ務まらないような気がしてーですねー。泳げないから、おぼれた人を助けられませんしー。もっと適した人がいると思うんです!」
「……何か勘違いしてるみたいだけどー、あんたは海に場所を変えて売店係やればいいだけ。折角一般人にもアンタのマジックアイテムを試してもらうチャンスなのに、棒に振るわけ?」
「確かにそれくらいなら、出来るかもですけどー」
「そんな消極的でさ、近い将来、社会に出て商売なんて出来んのぉ? それとも家族にずーと、ずーと養ってもらいたいとか?」
「むかぁ……」
彼の言葉は、確実にステラの血圧を上げた。
これだからクリスとの会話は苦手なのだ。
それでも、この先ずっと義兄の庇護下で暮らしていくのも情けなく、気付けば窓枠を強く叩いていた。
「海の家を手伝うんです!! 有名なアイテム士になって独り立ちしたいんです!」
「そーそー」
視界の端で小さなドラゴンが自らの額を抑えるのが見えたが、ステラはあえて知らないふりをした。
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