王女殿下の悩み事

 次の日、ステラは離れた教室へ移動するため、学校の中庭に踏み入った。

 口を尖らせ、足取りも荒い為、通りすがりの生徒達は面白そうに見てきて、それもまたステラの苛立ちに拍車をかける。


(朝になっても水着を返してくれなかった! うぐぅ……。また新しいの買わないといけないのかな~)


 完全に無駄な出費になってしまうのが気に入らない。

 しかし着るものよりも、土曜日に妨害してくるであろう義兄が問題だ。

 歩きながら、彼の裏をかく方法はないかと考えを巡らす。


 薔薇園の方向に進んでいくと、女性の声が耳に届いた。


「はぁ……、困ったものだわ」


 声質がエルシィのように思える。

 そんな所で一体何をしているのだろうか?

 足音を消して薔薇園へと近づき、中を覗き見ると、銀髪の美少女はベンチに腰掛け、空を見上げていた。普段キビキビとした彼女にしては珍しい姿である。


「何が困るですか?」

「きゃっ!? ステラさん!?」

「う、うん」


 俊敏な動きでコチラを向いた彼女に頷き、傍に寄る。

 彼女の隣に座ろうかと少し悩むも、そちらはやめておき、地面にべたりとお尻をつく。


「考えている事が無意識に口から出てしまっていましたわ」

「何かについて悩んでいるんです?」

「……悩みというか」


 エルシィの青い瞳はステラの胸元を見ている。

 不思議に思い、視線を下に向ければ、以前彼女に貰ったペンダントが小さく揺れていた。何故これが気になるのか。


「戸惑ってますの」

「そうなんだ」


 ステラの適当な返しに気を悪くするでもなく、エルシィは瞳を揺らす。


「――――この時期になると、毎年のようにお父様とお母様が険悪になってしまうのです。昨日も、ディナーの最中に、お母様がいきなりヒステリーを起こしてしまって……」

「国王夫妻についての悩みだったですか」

「ええ」


 ステラは後悔し始めた。

 もしかするとこれは、深く聞くべき話ではなかったかもしれない。

 自分には一般的な家庭の有り様など分からないし、国王夫妻については、想像するのも難しい。それに、下手な事を言ったら、不敬だと思われるかもしれないのだ。


 しかし、そんな葛藤など知らないエルシィは話を続ける。


「お母様ったら、あんなにお優しいお父様に対し『人でなし』だなんて、どうかしてますわっ」

「……王妃様は怖い人なんですか?」

「いいえっ! いつもは……。そう、いつもはとても愛情深いのよ。でも、毎年夏になると、教会に通ったり、夜中に王城を彷徨ったりしますの」

「ふむぅ」

「それに、夜に良く眠れていないみたい。だから目の下にくまが出来てしまって……。おいたわしい」

「あ! ちょうど良い物を持ってます。ラベンダーの精油なんですが、香りを嗅ぐと、ちょっぴり眠くなるかもです。王妃様にどうですか?」


 ステラが茶色の小瓶を差し出せば、エルシィは面食らったような表情になった。

 やはり、王族に対して贈り物をするのはマズかったかもしれない。

 不安にかられるが、エルシィは受け取ってくれた。


「これは、貴女が抽出して下さったの?」

「はい! オスト・オルペジアから帰ってきてから作業したので、新鮮なんです!」

「そうなのね。……不思議な考えなのだけど、これを渡したなら、お母様が元通りになる気がしますわ。だって、貴女って少しお母様に――いいえ、何でもないのですわ! これ、お幾らなのかしら?」

「いつもお世話になっているので、お代はいりません! ただし、王妃様に渡す前に、王室付きの魔法使いさんとかに鑑定してもらってほしいです」

「ええ、勿論。安全な精油だと保証してもらい、何かあった際、貴女に疑いの目が向かないようにいたしますわ」

「うん」


 こうした彼女のシッカリした部分は非常に助かる。

 ハンカチに小瓶を包む丁寧さも嬉しくて、ついついラベンダーの入手法や抽出法を語りすぎてしまう。

 

「あわわ……。私ばっかり喋ってました」

「気にしないでちょうだい。とても面白く聞いてましたのよ」


 ステラとの会話で気分転換出来たからなのか、エルシィの表情は随分と明るくなっている。


「そういえば、今朝ジェレミー・マクスウェルさんから、私のお付きの者に連絡があったみたいですわね」

「何だろう?」

「毎週土曜日にジェレミーさんに稽古をつけてもらったいるのですけど、次の土曜日は断られてしまったみたですの。何か予定がありますの?」

「私が海に行かないように、妨害したいんだと思います!!」


 愕然がくぜんとする。

 王族との予定を蹴ってまで、自分を阻むつもりだとは、夢にも思わなかった。

 この分だと、本当に泳げなくなってしまいそうだ。


「酷いんです!!」

「あら。でしたら、私がお手伝いできるかもしれませんわよ?」

「どうやってですか?」

「王族の命令なら、従わざるをえないのではないかしら。私がいつも通り訓練したいと言ったら、済む話でしょう?」

「わぁぁ。有難うです!!」


 もしかしたら、これで海に行けるかもしれない。

 エルシィの笑顔が殊更に輝いて見え、ステラは目を細めた。



 

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