王女殿下の優雅な旅行(SIDE エルシィ)

 昼食後。

 エルシィは列車の後部に備えられた訓練室で一度レイチェルと手合わせしてから、隣の部屋に入った。

 ここからは、ガラス越しにステラとレイチェルが戦闘訓練をする様子が確認出来る。興味深く観察していると、ステラがアイテムの小瓶を取り出し、ウッカリ落としてしまった。その様子に、クスリと笑いが零れる。

 あれだけDEXが高いのにドジななのが不思議でならない。


 レポートの作成は殆ど進んでいないが、この旅はまだまだ序盤だ。隙間時間に書き進めればいいだろう。


 椅子に腰かけ、少し物思いにふける。先ほどステラに見せられた、彼女のステータスについてだ。


(あのMP量は、やはり普通ではないわ。ただの人間がMP29,760もあるだなんて考え辛いもの……)


 連鎖的に、ジェレミーの命令違反の理由についてもピンとくる。

 彼はエルシィが頼んだにも関わらず、ステラのステータスを提出しなかった。

 

 魔法省の者――とりわけマクスウェルの者が王家の人間の命に背くだなんて、かなり大胆な行為だ。彼はきっと、義妹であるステラをエルシィから守りたかったんだろう。

 ヴァンパイアとの一件がそうだったように、誰かが彼女の素質に目を付け、利用するのを恐れている。

 ステラと親しくなった今では、その気持ちは良く分かる。しかし……。


(表沙汰にはならないけれど、マクスウェル家は今でも王家の為に働いてくれている。そんな特殊な家が特殊な女の子を引き取って、育てているだなんて可笑しな話よね。ステラさんは、王家に関係がある……? いいえ、考えすぎよね。全然別の事情があっただけかもしれないし)


 胸の騒めきが収まらず、エルシィは一度深呼吸する。

 そうしていると、ドアからノック音が聞こえてきた。返事をすると、入って来たのはエルシィの付き人だった。


「エルシィ様。お飲み物をお持ちしました」

「その辺に置いてちょうだい」

「かしこまりました。何をご覧になって……、ああ、ステラ・マクスウェルさん達が訓練なさっているんですね。エルシィ様は混ざらなくても宜しいのですか?」

「今は少し休みたい気分なのだわ。それよりも貴方。以前ステラさんに対して【エスティメート】をかけていましたわよね?」

「はい。エルシィ様のご命令でしたが……。それがどうかなさいましたか?」

「いいえ。改めて貴方の評価を見直していただけですわ」

「下方修正ではないといいのですが……」


 自信なさげな少年に対し、エルシィは小さく笑う。

 評価を下げるだなんてとんでもない。彼はあの時、ステラのMP量を大雑把にではあるが、ちゃんと分析出来ていたのだ。

 ステラに事情を聞いたところ、彼女は自身の相棒であるドラゴンの術でステータスを誤魔化していたらしい。

 ドラゴンも非常に優秀だし、おおよその数字を見破った付き人もなかなかのものだ。


「あと1時間ほどしたら列車を下車して、魔導車での移動になります。そして――」

「魔導車で2時間半程移動したら、馬車で妖精の国に入るのでしたわね」

「覚えておいででしたか。流石エルシィ様。あれだけ大量のページ数の”旅のしおり”をお一人で書ききるだけはあります」

「……ねぇ。それは褒めて下さっているのかしら?」

「勿論でございます!!」

「はぁ……」


 挙動不審になる付き人から、外の景色へと視線を移動させる。

 森はさらに深まり、ガーラヘル王国ではあまりお目にかかれない動植物が確認出来るようになっていた。


「深い森は、良くない生き物が多く住まうのでしたわね。列車に乗っているうちは安全でしょうけど、魔導車や馬車で移動する際は気を付けなければならないわ」

「ご心配には及びません。王室付きの近衛の中から優秀な者を20人連れて来ておりますし、僕達が戦う機会は皆無でなはずです」

「あら? 私は戦ってもよろしいのですよ?」

「エルシィ様。どうかガーラヘル王国を代表しているのをお忘れにならないで下さい。ボロボロの服装でオスト・オルペジアとの国境を超えたのでは、妖精貴族達に馬鹿にされてしまいます」

「気難しい者も居ると聞きますわね。しょうがないので、今日は守られてあげますわ」

「助かります」


 エルシィはチラリと妖精貴族の1人である161番目のプリムローズを思い出す。ガーラヘル王国まで、同族を助けに来た彼女は既に自国に帰っている。

 今回の案内人は彼女が務めることになっていて、オスト・オルペジアにほど近い村まで馬車で迎えに来てくれる予定なのだ。

 再会したら、オスト・オルペジア内の情報を詳しく聞き出したいところだ。



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