売店係の新たな魔法
開戦の合図により
これから約3時間この状態というのも、なかなかに辛そうだ。
「模擬戦争初めてだからドキドキするなぁ」
沈黙に耐えかねたのか、レイチェルが話し出した。
「レイチェルさん、周囲を歩いて来ますか? 気分転換になるかもです」
「まさか! ステラを残して行くわけないじゃん!」
「優しい」
「ちゃんと守ってあげるからね~!」
「うんうん」
ステラは頷きつつ、考えを巡らす。
恐らく大将バッジを奪う為、野人チャストラがここに攻め込んでくるだろう。
彼が単騎になるか、複数人になるかは、コリン達の頑張り次第だ。
クリスとも話し合ったけれど、襲撃のタイミングは割と分かりやすいと判断している。この学校のだいたいの生徒がそうであるように、園芸係&飼育係の連合団50人全てが大したMP量ではない。
つまり模擬戦争の制限時間3時間ずっと全力でバトルし、MPを消費し続けるなんて無理なのだ。そして恐らく、一番大規模な技を使うであろうマロウの出方から、ある程度チャストラの襲撃のタイミングを計れるはずだ。
序盤に派手に植物を動かすのなら、”向こうは短時間での決着をつけたい”と考えられる。その場合は襲撃のタイミングも早いだろう。
逆に山全体が静かなら、持久戦に持って行き、”向こうはこちらを消耗させようという魂胆”だ。それだと、疲弊するであろう後半にチャストラの襲撃があるかもしれない。
「あ! 変なフレームが現れたよ!」
レイチェルの声にハッとして顔を上げると、ちょうど二人の間位の空中に、額縁の様な物体が現れ、ジジジ……と映像を映し出した。
これはクリスのアビリティ【モニター】によるものだ。
彼が所持する複数体のドローンのうち、一つが空撮タイプなので、クリスに追従しながら撮影している。
ブカブカの上着を翻して走るクリスの前方にはエルシィが居て、急に立ち止まった。
いや、立ち止まらざるを得なかったというのが正しいだろう。
異常に密集した植物に阻まれたのだ。
周囲を見渡す彼等に、突如として無数の何かが撃ち込まれる。銃撃か何かかと思いきや、エルシィの剣技で散り散りになっているのは葉っぱだ。
(マロウさんはもう植物を操ってる。チャストラさんは結構早めに来そうだなぁ。アジさんが戻ったら、ずっとここに居てもらわないと……。それと、王女様とクリスさんを助太刀しよかな)
ステラは用意しておいたタライの中に、強化版植物用栄養剤を10本分注ぎ入れ、手をかざした。
「何する気!?」
「今から魔法で雲を作り出しますよぅ」
「へぇ! そんな魔法あるんだね。楽しみ~!」
「うへへ。上手くいくといいな。【雲水】!」
タライの中から大量の水蒸気が立ち上り、ステラの手周辺に、綿あめにも似たモヤモヤが集まる。スッと上方に手を挙げれば、雲もまたついて来て、空中にフヨフヨと漂った。
程々の大きさに成長させ、次に【春風】で雲を移動させる。
雲を向かわせる先はエルシィとクリスが居る方角だ。
目を丸くして感心するレイチェルの隣で、ステラは環境にとって激悪な呪文を唱える。
「【効能反転】! 山の植物ぜーんぶ枯らしちゃえ、なのです!」
「あ、そーいう……」
レイチェルの乾いた笑いが響く。
植物を成長させる能力者を相手にするなら、逆の効果で対抗したらいい。
マロウが植物を異常成長させたら、その分枯らし、彼女のMPを枯渇させる作戦だ。
ただし、環境破壊はステラの望む事ではないので、模擬戦争が終わったら、再生活動に取り組む考えだったりする。
◇
エルシィは、袋のネズミとも言えるこの状況に少々焦りを覚えていた。
周囲を密集した植物に囲まれた状態で、無数の葉が自分とクリスに向かって撃ち込まれる。
何時止むとも知れぬ、嵐の様な攻撃に、エルシィは自らの素早さを活かし、次々に葉を切り落とす。
ただの葉なら大した威力ではないだろうが、かなり鋭く、剥き出しの二の腕をかすっただけで、皮膚が切られた。クリスの方も、頬や首から血を流しているので、早期の治療が必要そうだ。
「はぁ。埒があかねぇ」
クリスは二体のドローンのうち一体に指示し、北側に爆撃を食らわせ始めた。植物の壁を破壊し、脱出を試みるつもりなんだろう。
しかしながら、植物の茎は破壊されても、たちどころに修復されていく。
(これは……マロウさんは私達二人をマークしていたのだわ。早期に潰そうという魂胆ね。私達が居なくなったら、彼女の大将バッジを奪いに行ける者が居ないと考えているのかも)
ここで一度威力の大きな魔法を使うべきか悩んでいると、南の方から随分低空飛行する雲が複数近づいてきた。警戒心を抱けないのは、妙に間が抜けている光景だからである。
奇妙に思っている間に、それらはシトシトと雨を降らせながら二人の周囲を旋回した。
すると不思議な事が起きた。
おかしな雲から雨が降り注ぐと、その箇所から植物が枯れ、茶色に変わっていくのだ。
「これは一体……」
「たぶんステラじゃねーかな」
「ステラさん……。流石ですわね」
クリスの言葉に納得する。こんな荒業をやってのけるのは、あの小さくて可愛い少女以外居ないだろう。
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