佐野秋乃

 「ただいまー」

 姉は広島大学付属福山高校の二年生だ。高校に近いひきのスーパーでレジ打ちをして帰ってくる。帰宅時間は私より遅い。

 夕食の支度は私がする。もやしの卵綴じが定番の惣菜だ。もやしは例の如く、ラーメンいくおの余り物だ。姉は制服の儘ちゃだいの前に座る。

 「あたしさー、今更なんだけど美大に入ってデザイナになろうと思ってんの。みちるは進路とか考えてる?」

 「姉ちゃんデッサンとかしてる?スケッチブック持ってる節すら見当たんないだけど。」

 「んー?満はやっぱりラーメン屋?」

 話を聞き賜え、姉よ。—―職業の志望が無いことは当たってるけど。

 「今、期末試験やってるんじゃないの、あんたの学校。あんた、得意科目何よ。」

 「……理科、かな。今、てこの原理とか、定滑車とか動滑車とか、その辺の勉強してる。楽しいよ。」

 「じゃああんた、設計士とか向いてるかもね。」

 唐突にも程がある。設計士になった自分を想像できない。ラーメン屋の方がまだ雰囲気を捉えられる。

 まあ、なんというか「将来の夢」をむりやり生徒に問い詰めないのは、私の中学の美点かも知れない。当然、職場体験なんてものもない。ああいうの、傍で見てとてもぎこちない気がする。

 「……あー!そうそう、こないださ、いくおと同じ建屋に、アブクマガワって喫茶店が入ったじゃない、あすこのピザトースト美味しいよね!あと店長さんすごく可愛いよね!」

 「ん、まあ、そうね。あすこは。」

 言葉に詰まる。妹のラーメン屋には一度しか往ったことのない癖に。

 「……あのさ、うちのラーメン屋、最近はアブが作ってるトマトソースの余りを貰って、トマトラーメンみたいなのを出してるの。興味ある?」

 「え!?今アブクマといくお、協力関係なんだ!食べる食べる!但し背油は無しね。」

 姉はここ最近体重が気になるらしい。それと、今思ったけど、姉は家で使っている石鹸や洗剤が若菜さんの手作りなの、知ってるんだろうか。そもそも若菜さんの名前すら知ってるかどうか。

 翌日の晩、ラーメンいくおの壁に「カレーラーメン 650 円」なる見慣れない張り紙が張ってあった。どうも、アブがカレーソースも分けてくれたそうだ。六時半頃、もやしの袋を裂く作業をしていると、姉が入店してきた。

 「カレーラーメン、大蒜マシマシ。脂無し。みちるー!」

 店で私の名前を呼んでくれるな。

 「あれ、佐野ちゃんのお姉さん?」

 気不味い雰囲気を若菜さんが助長する。

 やがて若菜さんが姉にカレーラーメンを供する。

 「なにこれ、美味しいじゃん。満が家で作るカレーより余程美味い。」

 完食して姉は去っていった。去っていったといっても家に帰った訳ではなかった。私がバイトを終えた後、まさかと思ってアブクマガワの店内を覗いてみた。事態は予想の斜め上を進んでいた。

 姉がアブの横顔を必死でデッサンしていた。

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福戸橋 渡邊朱倫 @Noraneko_Brella

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