アブとケチャップ野郎

 いつも通りに登校して、きんぴらぼうや筑前煮のお弁当を頬張っていた。辺りを見回した。女子の半分位がパラフィン紙を開いて、上手そうなピザトーストを取り出して食べているのである。

 ――そうか、アブの喫茶店の開業日だった。

 教室にトマトの香りが漂う。

 男子にもアブのピザトーストを食べてる奴がいた。よりによってサッカー部絹谷である。つい目が合ってしまった。絹谷が私を凝視した。すぐさま目を背けた。何だろう、私に対する嫌味だろうか。

 弁当を食べ終え、自販機で緑茶を飲んでいた。数学のあづま先生が来た。

 「佐野君、いくおのラーメン美味いぞ、頑張れよ」

 何だか褒められた気がしない。因みにこの学校の数学教諭には、やたらラーメンいくおのファンが多いらしいのだ。逆に言うと他の科目の教師は店ではさっぱり見かけない。東先生はコーヒーを買い、そそくさと校舎に戻った。

 授業が終わり、私は自転車でバイトに向かう。ラーメンいくおは私の中学の川向うだ。

 平日の三時だというのにアブの店に三人女の人がたむろしていた。

 ラーメンいくおの勝手口を開けるととっに若菜さんに話を振られた。

 「佐野ちゃん、アブちゃんとこのトースト食べた?」

 「いえ、まだ。」

 「今からでも食べてきなよ。美味しいわよ。」

 まあ、若菜さんが言うなら悪くないんだろう。学校の制服の儘アブの店に往った。

 「いらっしゃい。あら、佐野ちゃんじゃない。トースト半額にしてあげるから、食べなよ。」

 「……じゃあ、マルゲリータ一枚、アイスミルクティー一杯。」

 マルゲリータは一枚 250 円が定価だそうだ。厨房には業務用のオーヴントースタが 2 台ある。

 テーブル席に、ジーパンを穿き眼鏡をした冴えない野郎がいた。アブがカレーピザトーストとコーラを差し出した。

 「……あのー」

 「なあに?」

 「ケチャップで名前書いてもらえませんか?」

 「あのですねえ、ここはそういう趣旨の店じゃないの!電車賃稼いで、秋葉原往ってきなさい!」

 客の視線がケチャップ野郎に集まる。アブがケチャップ野郎を釣り目で睨む。ああいうのが好きな人が新市なんてど田舎にもいるんだなと思うと興味深い。ケチャップ野郎は黙ってトーストを口に押し込みコーラで流し込み、怯えながらレジに近寄った。

 「ほんとは 550 円だけど、秋葉原往きたいんでしょ?450 円に負けてやる。」

 アブも不愛想に会計をする。

 「皆さん、すみませんね。あんなのが来るってのは想定外だったもので。」

 私の席にマルゲリータが来た。隅っこから齧っていく。成程、パンもチーズも香ばしく、その上雑味が無い。お茶を飲み会計を済ます。

 「佐野ちゃん、今後共一緒に頑張りましょうね。生郎さんと若菜さんにも宜しく。」

 ラーメンいくおに戻り、大蒜の皮剥きを始める。ふとカウンタの方を向いた。

 さっきのケチャップ野郎がいた。

 「はい、お待ち。」

 生郎さんがラーメンを供する。大盛に、野菜、背油、大蒜全部マシマシと思われる。ケチャップ野郎が変な箸の持ち方で掻き込む。カレーピザトーストとコーラでは腹八分にすらならないとばかりに。突如、ケチャップ野郎の視線がこっちに向いた。あちらも顔を憶えているしい。あたしゃお前には何もしてないぞ。

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