ピザトーストの店の女店主

 「どうもー初めまして、七月から二つ隣で喫茶店を営むくまがわかると申します。どうか宜しく。」

 「こちらこそ初めまして、菱桐若菜です。願わくばお見知りおきを。」

 「早速ですが、菱桐さんとこのラーメンはどんなお味ですかね。」

 「うちは豚骨ですね。」

 五時過ぎだった。阿武隈川は漆黒のエプロンを纏い、長髪を頸のあたりで束ね、前髪にはえん色のメッシュを入れている。白い肌が眩しい。明らかに二十代の女だ。私がラーメンいくおであと何年働くか分かんないけど、こういう人と対峙して働くと思うと期待と不安が拮抗する。

 「大蒜入れますか?」

 「じゃあ……大蒜マシマシ、脂無し、野菜普通で。」

 注文を訊く頃に生郎さんは既に麺を茹で始めている。

 「ねえ、アブちゃんって呼んでいい?」

 「いいよ若菜ちゃん。」

 初対面でこの呼び名である。頼んだ麺すら茹で上がっていない。

 「そこで大蒜剥いてるお嬢ちゃんは?」

 「この子佐野っていうの。うちのバイトよ。中学生。」

 遂にこっちに目が向いた。生郎さんが汁の入ったラーメン鉢に麺を入れ、もやし、茹で豚、私が剥いた大蒜の微塵切りを盛る。

 「私店長の生郎です。今後とも。」

 「阿武隈川です。」

 阿武隈川が先にもやしを口に運ぶ。蓮華で汁をすくって飲む。箸で大蒜を崩して麺に絡ませ、三、四本づつすする。無言でラーメンの半分を食べた後、こう告げる。

 「生郎さん、うちで使う心算のトマトソース混ぜていいです?」

 「うちはいいですよ。他所でなさったらどうなるかは存じ上げませんけど。」

 阿武隈川はトートバッグからトマトソースの瓶を取り出し、ラーメンを赤く染め、改めて汁を飲み麺を啜る。

 「……結構いいかも。」

 「アブちゃん、私もちょっと食べていい?」

 「いいよ。」

 若菜さんが、阿武隈川が口にした箸で、阿武隈川の食べかけのトマトラーメンをつまみ食いする。

 「……美味しー!」

 若菜さんのこんな歓声、聞いたことがない。

 「生郎、今度からトマトソースをオプションにしない?勿論アブちゃんに作って貰うの。」

 「この店の雰囲気が崩れやしまいか。それに、アブだって忙しいだろうに。」

 「いえ、余裕ありますよ。」

 数日後。ラーメンいくおの三軒左、改装中の店舗に「喫茶・軽食 アブクマガワ」の看板が掲げられた。同じ頃、ラーメンいくおの店内に「トマトソース追加できます」の張り紙が現れた。実際この前からの作業員が真っ赤に染まったラーメンを美味そうに頬張っていた。案外、男の人にもトマトが好きな人が多いらしい。

 あと、学校で変な噂も広まった。「ラーメンいくおが喫茶店に乗っ取られる」だって。どうも例のサッカー部絹谷が発信源らしいが、ラーメン屋と喫茶店が競合するなんて、常識的に考えて有り得るか?

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