第214話 今川彦五郎と太原崇孚、戦国に顕現す

史実と名の異なる人


 戸次鑑近→戸次道雪

 三好海雲→三好元長

 愚谷軒日新斎→島津忠良


-☆-☆-☆-


  さらに上がってきた情報に目を通す。


 越後(新潟本州部分)の長尾氏を信濃(長野及び岐阜中津川の一部)に出兵させる策は失敗した。長尾氏の当主である長尾晴景が穏健派で戦を嫌ったこと。隠居した先代で軍の最高指揮官である長尾為景の目が一向宗が跋扈する越中(富山)に向いていたからだ。

 越後はしばらく放置して佐渡(新潟佐渡島)の本間氏に接触し工作活動をする。ここの金山は早めに抑えたい。そうそう一向宗といえば、三河(愛知東部)にいた一向宗だけど、伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)長島願証寺にいた本願寺証如さんが毛利氏に従属したことに激怒して本證寺を中心に真一向宗という宗派を興して独立したよ。

 本願寺証如さんは黙して語らず。ここで信徒に真一向宗を討伐なんて檄を飛ばしたら、自分の首を絞めることになるからね。


 そして今回の激震地である今川領。領有するのは駿河(静岡中部から北東部)、遠江(静岡大井川以西)、伊豆(静岡伊豆半島)、相模(神奈川の大部分)。

 まず栴岳承芳くんが還俗して今川彦五郎を名乗った。毛利氏に庇護を求めるなら、立場を明確にしろと覚悟を求めた結果、彼は僧侶の栴岳承芳ではなく、今川宗家を継ぐ武士。今川彦五郎を名乗ることを選んだのだ。ついでに九英承菊さんも名前を太原崇孚と名前を改めた。還俗はしないが、善得寺との縁を切ったと喧伝するのが目的。史実と違う理由で史実よりかなり早い改名だ。

 これに対抗するように玄広恵探くんも還俗して今川上総介氏虎いまがわかずさのすけうじとらを名乗った。今川彦五郎くんは歴代の今川氏の後継者が名乗る通称を名乗り、今川氏虎くんは自称の官位と虎の一字を付けた諱。

 しかも今川氏虎くんは関東の覇者である武田信虎さんにあやかって虎の字を入れたとか喧伝しているけど、武田信虎さんから虎の字を偏諱として授かったとも取れなくない。だから、東海地域に潜伏させた御伽衆を動員して「武田の怒りを買わないか?」とか、「今川の後継を狙う者が武田に媚を売っている」とか色々と噂をばら撒いている。

 我が毛利氏の御伽衆の本来のお仕事は情報の収集と欺瞞情報の拡散だからね。現代の人が想像する忍者っぽい任務・・・要人暗殺とか重要施設の破壊工作は今ではほとんどやらせない。失敗した時のリスクや成功しても消耗したり復旧させるコストとか意外にかかるんだよね。(しないとは言ってない)


「師よ。それがしには彦五郎殿の勝ち筋が読めません」


 戸次鑑近くんが、俺の読み終わった報告書を書き写しながら呟く。


「今回、毛利は一切表に出せません。なので海上からの艦砲射撃で気を逸らすとか攻撃支援するとかそういった手は使えません。なので私にも勝ち筋は見えませんよ」


 俺が肩を竦めると戸次鑑近くんは訝しそうに顔を歪める。


「確か、逃亡の手助けを約束しましたよね?」


「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。とある名将の言葉ですが、正直、彦五郎殿の勝ち筋は奇跡に縋らねば難しいでしょう。なら、負け・・・この場合は彦五郎殿が討ち取られないよう援護するしかありません」


 俺の言葉に戸次鑑近くんはポンと手を叩く。


「では、今回の我ら戦略研究会の課題は・・・」


 ちなみに戸次鑑近くんのいう戦略研究会というのは毛利軍にあって作戦参謀を目指す若手中心の勉強会のことである。俺の中ではシミュレーションゲーム同好会と呼んでいるが・・・


「そうです。彦五郎殿救出作戦です。どの時機に行うのが適切なのか、どの経路を逃げるのがいいか立案しなさい。」


 なお、今回行われる今川彦五郎くんの救出作戦自体は俺や尼子経久さん三好海雲さん愚谷軒日新斎さんといった古狸たちが練り上げたものを採用している。なので、戦略研究会の回答期限は最終的な結果が出るまでだ。


「ちなみに彦五郎殿が栴岳承芳だったら見捨てましたか?」


 思い出したように戸次鑑近くんが訪ねてくる。


「彼の師である太原崇孚殿は、京に何度も修行に来るほどの知識人であり、彼はその弟子です。彼もまた相応の知識を学んでいるでしょう」


「お二人とも教師として雇用するのですか?」


 戸次鑑近くんがいう教師とは俺のいた世界の教師と同じ意味、他人に学問を教える人間のことである。毛利領には、愛宕司箭院という学問を教える最高峰が石見(島根西部)にあり、それは太原崇孚さんも知っている。教師として雇用すると言えば、今川氏再興の志がなければ多分二つ返事で承諾してくれるだろう。


「それもありですが、臨済宗の僧侶は外交交渉の使者として活躍の場があります」


 そう。臨済宗は公家や有力な武士に人気がある宗派。その系列の寺が庇護されている場合が多い。戦の最中でも、間に僧侶が入ることで話し合いの場が持たれることもある。また、臨済宗の僧侶という身分を隠れ簑にスパイ活動に励む人間も多い。うちの御伽衆も大いに利用させてもらっている。

 ただ、彼らが臨済宗の僧侶だという情報を手にしたのだ。「臨済宗の僧侶に化けて今川領を脱出」などと書いてきたら容赦なく不可にしよう。そう心の大福帳に書き留めるのだった。

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