第203話 空のスクロールと食客
最近出た空のスクロールの性能だけど、指南書の技術をスキルスクロールに写し取り既存スキルをレベルが半分になるけどバージョンのアップさせることができるというものだった。なので「ここにきてまさかのスキル大復活!」とはならなかった。司箭院興仙さんがお土産に持ってきてくれた「誰でも楽々式神術」なる指南書をスクロール用に複写しておいてよかった。スクロールをひとつ無駄にしたけど原本は残されたよ。危ない危ない。
で、二冊目となるスクロール用とついでに教科書用と保存用も複写しておいた。書いてあることを実践しつつ四冊目を書き上げるころには小さな紙人形を動かすレベルだけどスキルが生えてきた。いやあ、スキルが増えるなんて十何年ぶりだろう・・・
「欧仙さま。これが我が師、愛洲日向守殿や小七郎殿より伝え聞き、
そう言って、がっしりとした体形の糸目の青年、大胡秀綱さんが三つの巻物を差し出す。ちなみに愛洲日向守というのは愛洲久忠さん。小七郎とは愛洲宗通さん。剣術のひとつ陰流の開祖とその二代目のことである。
「しかし、欧仙さまが陰流に興味があるとは思いませんでしたな」
大胡秀綱さんは小麦粉の生地を酒母で発酵させたモノの中に裏ごしした
「そろそろ三四郎にも剣の師を付けようかと思っていましてな。色々な剣術の流派の心得を調べているのです。大胡殿は陰流・天真正伝香取神道流・念流を修めているとお聞きしましたのでな」
大胡秀綱さんは日向(宮崎)に住んでいる陰流の開祖である愛洲久忠さんに会いに行った帰りに、俺の施薬院に参拝に来ていた。なぜかというと、施薬院は、建立の切っ掛けとなった疱瘡撃退の象徴となった不動明王像の他に、色々な人によって奉納された眷属である八大童子、三十六童子、四十八使者、右方(勢ぞろいじゃないけど像は年々増えている)が奉られていてちょっとした?観光地になっているから。
「まさか毛利の重臣である欧仙さまが施薬院の麓の蕎麦屋なる飯屋で食事をしていて、さらに旅の人間に世間話を持ち掛け酒を奢るとか思わなかったです」
大胡秀綱さんは煎茶をすすりながら苦笑いをする。まあ、こちらとしては大胡秀綱さんが後に剣聖と呼ばれる人になるっていうのは知っていたし、人柄については日向の愛洲久忠さんから聞いていて、大胡秀綱さんの動向には注目していたんだよね。なので大胡秀綱さんが摂津(兵庫南東部から大阪北中部)に入ったと御伽衆が報告を上げてきたとき行動を監視させていたんだ。
で、大胡秀綱さんが施薬院の麓の蕎麦屋に入ったとき飯や酒を奢って正統派剣術の使い手であることの言質を取り、陰流・天真正伝香取神道流・念流の心得を文書にして貰ったのだ。ああ、書いて貰ったのは各流派の奥義の書とか大袈裟なものではないよ。
「陰流は、まだまだ発展の余地があると思うのです」
「ほう。なかなか興味深い・・・」
「発展の余地」という言葉に大胡秀綱さんが目を光らせる。大胡秀綱さん上野(群馬)の人だけど、最近、武田信虎さんに所領を攻め奪われ主家を滅ぼされたのをきっかけに在野に降ったんだよね。いま仕える主がいないなら「陰流」を発展させるべく修行をしてみてはと振ってみた訳だ。剣を我が子に教えてくれるのなら支援をするという意味を暗に込めている。
「それと、こちらは心得の書の報酬です。どうぞ」
俺は茶巾袋とひとつの桐の絵の描いてある木札を渡す。
「これは?」
袋の中身が豆板銀であることに気付き、大胡秀綱さんは僅かに顔を歪め、木札を人差し指でつつく。
「これは施薬院東の宿坊にある桐の部屋を開けるカギです。朝と夕にやってる飯場で提示して貰えれば、タダで飯が食べれる木札でもあります」
人差し指でつついていた木札。桐の間という部屋にある扉のスロットに差し込んで、スロットにある凸と凹が木札にある凹と凸が合えば開く簡単な構造のカギである。居酒屋や昔懐かしの銭湯にある下駄箱やロッカーのカギといえば解ってもらえるだろうか?
「それとこの豆板銀。価値は三貫文は下りますまい・・・お約束の額よりかなり多い気がしますが」
「ああ、これは大胡殿に我が食客としてこの地に留まっていただければという邪な色付けです。無論、気が乗らないのであれば木札だけお返し頂ければ問題ありません」
ニヤリと笑って見せる。ちなみに袋の中身が豆板銀だったのは、大胡秀綱さんが毛利領内から出ることを考慮してのものだ。毛利の私鋳銭は毛利領以外では山城(京都府南部)、美濃(岐阜南部)、尾張(愛知西部)、越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)、伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)でしか流通してないからね。まあ、これらの国を現在経済的に侵略している最中ともいうけど。
「欧仙さま。
僅かに考え込み、大胡秀綱さんが意を決したように言う。
「おお、それは願ったり叶ったりですね。確か大胡殿の居住地は上野の上泉村でしたな?」
俺の問いに大胡秀綱さんは小さく頭を振る。
「上泉村は武田軍が侵攻してきたときに一家共々離れました。いまは隣国常陸(茨木)のとある集落に身を隠しております」
大胡秀綱さんは唇を噛み顔を歪める。故郷を追われたのが余程悔しいらしい。
「上野よりも海に近いのは都合がいい。貿易船を仕立てるので部下共々上手く使ってやってください」
俺は大胡秀綱さん家族の救出作戦に全面協力することを約束する。多分、いま俺は悪い顔をしているに違いなかった。
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