第177話 東海道を駆ける風雲
- 摂津(兵庫南東部から大阪北中部) 堺の港街 武野屋 -
「しかし、予想以上に堺も寂れたの」
司箭院興仙さんが辺りを見回しながらつぶやく。どうやら大修築中の大輪田泊で船を降りて京に来たため現状の堺を知らなかったようだ。堺の港街で大店と言われた店の店じまいに伴う大バーゲンセールをやっていると知ったのも堺から大輪田泊に引っ越してきたという商人からの情報らしい。その寂れゆく堺にあって数少ない賑わいのある店舗があった。堺の会合衆が毛利氏に反発した際に真っ先に反対の立場を表明し、以降は毛利氏が建築している二条城と大坂城の建築資材の取引を引き受けている武野屋だ。
「欧仙さま。興仙さま。ようこそおいで下さいました」
先日、臨済宗大徳寺で出家し頭を丸めた武野屋の相談役である武野仲材さん改め武野紹鴎さんが軽く頭を下げる。なお、出家といっても親の代からの熱心な一向宗と決別した事を証明するためのなんちゃって出家なので今でも熱心に商売をしている。
「紹鴎殿。儲かりまっか?」
「ぼちぼちでんな・・・ところで欧仙さま。この挨拶は何とかなりませんかね?」
律儀に挨拶を返しながらも武野紹鴎さんは苦笑いをする。
「堺商人の挨拶って聞いたのですが?」
「ご冗談を・・・」
否定する武野紹鴎さんの眼が真剣である。
「欧仙。儂は適当に買い物してくる」
話を逸らすように司箭院興仙さんが声をかけてくる。ナイスタイミング。グッジョブ司箭院興仙さん。
「では店の者を付けましょう。おい彦八郎」
武野紹鴎さんに呼ばれひとりの賢そうな少年がやってきて、司箭院興仙さんの後についていく。
「では欧仙さまはこちらにどうぞ」
武野紹鴎さんに案内され、店の奥にある茶室に向かう。
・・・
・・
・
コポコポと茶釜に入った水が沸騰したのを確認した武野紹鴎さんは茶器と急須にお湯を注ぎ温める。つぎに急須に茶葉を入れ、お湯を勢いよく注ぐと蓋をして蒸らし始める。
「改めて、此度の南方貿易路の開拓おめでとうございます」
「投資に見合ったお土産だったでしょうか?」
武野紹鴎さんの祝辞に俺は苦笑いを返す。
「象牙、虎の毛皮に香木。干した南国の果物に天竺の甘露。引き続き取引をお願いいたします」
細長い茶筅で急須の中を混ぜると、急須と茶器の間を20センチぐらい空けてから中身を茶器に注ぎ込む。急須と茶器の間を20センチぐらい空けるとか中々に通である。
「お好きな数をどうぞ」
武野紹鴎さんは脇にあった黒い漆塗りの棗の蓋を取り、差し出して来る。中身は真っ白な角砂糖・・・別名天竺の甘露が入っている。
「結構なお手前で・・・」
それしか言えない。史実では千利休、津田宗及、今井宗久という茶湯の天下三宗匠と称せられる男たちを門下生にした凄い人なのだが道を逸らしてしまったのだろうか。
「ありがとうございます。茶ノ木の葉の加工次第で味から色まで変わる。茶の道とは奥が深いですな」
あ、武野紹鴎さんが黄昏ている。
「そうだ。今度、
「え?それは」
「なに、すべてこちらが持ちます。ああ、紹鴎殿には
有無を言わせず茶会を開くことを決めてしまう。まず色々と裏で画策しないといけない。とりあえず史実通り従五位下因幡守がいいだろう。
「で、いま東では何が売れていますか?」
「そうですね・・・」
武野紹鴎さんは商圏である東海から関東の話を始める。まず関東。武田氏が完全に支配し大規模な農地改革が行われた結果、米の生産が2倍近く伸びていて、いまのところ価格が安値安定している。米を売って武具を買い入れているので冬には戦が、おそらく上総(千葉中南部)と安房(千葉南部)の正木氏・里見氏を攻めるだろうという噂が広がっているという。
つぎに東海。関東の米を買い入れた今川氏が、三河(愛知東部)東部を拠点にしている親今川派の国人衆を相手に転売している。おそらく三河侵出の下準備。で、米の流入に気付いた三河本證寺が一向門徒を唆して不穏な動きを見せている。三河西部は先の洪水の影響で秋の収穫が当てにならないからね。
で、隣国である尾張(愛知西部)の斯波氏もこの動きをキャッチ。三河介入のタイミングを計っているようで色々なモノが値上がりしているという。秋の収穫期を前後に太平洋側は一気に荒れるとみているそうだ。
「大商いを前に堺の会合衆が自爆し没落したのは僥倖でした」
武野紹鴎さんが悪い顔をして嗤う。
「旦那さま。興仙さまがお戻りです」
丁度いい感じに司箭院興仙さんが戻って来たようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます