第175話 濃尾三を襲う天災

1535年(天文4年)6月


- 京 施薬不動院 -


 一向宗。史実では戦国時代、最強と言われた宗教勢力。もっともこの世界では、俺が、朝倉氏というか朝倉宗滴さんに個人的に食料と資金を支援することで加賀(石川南部)の本願寺派の一向宗を撃破させた。

 また史実では一向一揆軍に敗れ自刃するとき腹を裂いて臓物を天井に投げるという壮絶な最期を遂げた三好海雲(三好元長)さんに情報を流して逃げ延びさせることで摂津(兵庫南東部から大阪北中部)、和泉(大阪南西部)、河内(大阪東部)にいた一向宗を淘汰。ついでに延暦寺の僧兵を唆して山城(京都府南部)の一向宗の総本山である山科本願寺を焼き討ちさせることでその力を大きくそぎ落とすことに成功している。

 もっとも、焼き討ちされた山科本願寺にいた第10世宗主の本願寺証如を密かに助けて伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)長島の願証寺へ送り届けるという、マッチポンプみたいな結果になったのは物凄く不本意だけどね。


 で、長島願証寺に拠点を移した本願寺証如は畿内での弾圧を恐れた一向門徒を呼び寄せ活動を再開したそうだ。もっとも長島願証寺は濃尾(木曽)三川の河口付近にあるデルタ地帯の中州の島に建てられた寺なので、守るに易い難攻不落の要塞なんだけど、生活の拠点としては既に許容の限界を超えている。いまでは慢性的に食料が不足し、治安も急速に悪化しているそうだ。最近、長島願証寺が近隣から米を買い集めていたのはどうやらこれが原因のようだ。

 そして、本願寺証如が長島願証寺に拠点を移したということに三河本證寺が不満を持ち始めているという。なかには「三河を宗主さまに献上すべし。三河にお迎えすべし」と声高に叫んでいる連中がいるとか。どうやら三河本證寺が米を買い集めているのは、長島願証寺への支援ではなく、「加賀(石川南部)の夢よ三河の地に再び」という準備をしているということらしい。


「生臭過ぎますね」


 二代目世鬼煙蔵くんこと世鬼近矩くんが苦笑いする。


「畿内はどこの宗派の坊主も五戒を守っているかと言えば怪しいですからね」


 俺も苦笑いを返す。なお中身が二代目で義理の息子でもお仕事中の世鬼煙蔵くんには丁寧な言葉で話す。対外的に世代交代したことを喧伝することはないのではないかという指摘があったからだ。今更な気もするけどね・・・


「首領急ぎ報告したいことが」


 すっと襖が開き猿面を付けた御伽衆の諜報員が姿を現す。猿面は美濃(岐阜南部)の諜報担当だな。


「二日ほど前に美濃全域で豪雨がありました。土岐の守護所である枝広館が長良川の氾濫で流失するなど被害大きく、濃尾三川や矢作川の下流域でも影響があるという報告があります」


 その報告に世鬼煙蔵くんが器用に片眉を上げる。


「またこの災害に乗じ、土岐次郎が朝倉と六角の助力を得て挙兵しました」


 報告には続きがあった。ちなみに土岐次郎というのは弟の土岐頼芸によって越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)に追放された美濃守護の土岐頼武の嫡男である土岐頼純のこと。どうやら逃亡先の越前朝倉と南近江(滋賀南半分)六角の助力を受け美濃に攻め込んだようだ。

 朝倉は土岐次郎の母方の縁者なので兵を出したのは判るけど、六角はどういう思惑か・・・ああ、あの男か。


「煙蔵さん。この挙兵。たぶん細川晴元が動いています。南近江に入って痕跡の調査をお願いします。越前は朝顔の神楽団にやらせましょう」


「御意」


 世鬼煙蔵くんは懐から狼の覆面を取り出すと装着し、「ぽむ」という音と煙とともに部屋から姿を消す。この辺はお家芸だね。しかも年々演出が派手になっているな。



 数日後、中部地方の追加情報が上がってきた。まず美濃の内乱は美濃全土に飛び火したようだ。前の美濃守護である土岐頼武が追放された際、現在美濃守護を名乗る土岐頼芸についた国人衆が好き勝手をしたことの報いらしい。というか、戦国時代って親殺し子殺し、兄弟で殺し合い下剋上とかいろいろ血生臭いイメージがあるけど結構甘いとこあるよね。一族だからと国外追放に留めたり謀反を起こした配下を許して再び配下にしたり・・・


 つぎに氾濫を起こした濃尾三川と矢作川。濃尾三川の下流にあった長島願証寺は寺領の耕作地が全滅。秋の収穫は期待できない状態。尾張はここ数年、金にものを言わせた堤防開発が功を奏したのか木ノ下城城下で若干の被害があった程度。

 西三河の岡崎城や三河本證寺では決壊した矢作川の土砂の直撃を受け、死者こそ少なかったが耕作地が全滅。三河本證寺はそれに加え買い集めていた米の大半を失ったという。西三河の状況が急速に悪化し始めた。

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