第19章 巨大な小豆袋編
第171話 近江を巡る周囲の情勢
1534年(天文3年)6月
延暦寺と坂本の復興を請け負うにあたり、若狭(福井南部)から北近江(滋賀北半分)の
あと延暦寺の毛利氏への帰順は、大和(奈良)と紀伊(和歌山から三重南部)の寺社勢力の毛利氏への帰順を爆発的に加速させた。特に高野山が帰順したのは大きかったよ。で、いくつかの寺社には毛利氏に帰順する前に寺領を御料所として朝廷に献上させる。確か江戸時代までに3万石だったはずなのでこの数字にあわせる。協力してくれた寺社には後の禍根にならないよう、金銭で毎年の収入保証はするんだけどね。
それと、寺社が帰順したのでその下にぶら下がっていた『座』の制度にも手を入れる。手を入れるといってもお約束である楽座ではなく座による技術を含む独占の禁止と相互扶助だ。組織による独占と秘匿は長く安定をもたらすけど、停滞と腐敗も招くからね。
- 京 施薬不動院 -
「欧仙殿が言っておった美濃(岐阜南部)の長井新左衛門尉殿は去年亡くなっておった。いまは嫡男である新九郎殿が継いでおる」
そういって尼子経久さんは清酒の入った器をことりと床に置いた。尼子経久さんは坂本付近で僧兵を罠にかけた後、美濃から尾張(愛知西部)まで行商。その後、伊勢に入り伊勢神宮を参拝してから南近江(滋賀南半分)を経由して京に戻ってきたそうだ。今日は酒盛りしながら、尼子経久さんが漫遊した国の報告会である。
「で、かの御仁はどうでした」
「梟じゃな。夜陰に紛れて音もなくやって来て、気が付くと首根っこ押さえられてバリバリ喰われる」
尼子経久さんは顎を撫でながら答える。なお、長井新九郎こと斎藤道三は俺からすれば美濃のマムシと渾名される人だが、父である長井新左衛門尉の話と混ざったうえでの歴史小説による後付けの設定らしい。下剋上のレベルなら織田信長の方が遥かに上だったりする。
「野心がでかいのは目を見ればわかった。いずれ守護の土岐左京大夫殿を喰らうじゃろうな。まあ時間があれば、じゃが」
俺と尼子経久さんは顔を合わせて嗤う。先日の議会の会議で、毛利氏の東日本侵攻ルートは現在の大名同士の友好関係から、北近江から美濃、飛騨(岐阜北部)を通って越中(富山)、越後(新潟本州部分)に決まった。とくに越後は、沖に佐渡があるので確実に抑えておきたい。それに越後を取れば大内義興さんや尼子経久さんのように朝倉孝景さんが毛利に臣従する可能性がある。しなくても良いけどね。
「尾張(愛知西部)の斯波はどうでした?」
「あーあれはな。新しい守護代殿が推し進める重商政策で尾張国内が豊かになったからか、斯波治部大輔殿はかつての栄光を夢見ておるな」
尼子経久さんの言う斯波氏のかつての栄光というのは、守護職として越前、遠江(静岡大井川以西)を治めていた事。越前、遠江の奪還は斯波氏の悲願だ。そういえば尾張に寄港したときに新しい守護代殿こと織田信秀さんがそんなことを言ってたな。
「伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)の北畠は?」
「併呑していた志摩(三重東端)が仕置きも終わって落ち着いたのはいいが、長島の願証寺が物資を集めているらしくてな。どうやら三河(愛知東部)の本證寺もその動きに連動しているらしい」
伊勢の状況を聞いて「うむ」と唸る。毛利氏の勢力圏内に残った一向宗門徒もいまでは完全に大人しい。毎度言っているような気がするが、毛利領である限り飯は食えるし銭仕事もある。仏に縋って死後の世界にのみ希望を見る必要がないから坊主の煽りにはなかなか乗らない。いまこれが出来るのは、重商政策の尾張と農業チートを普及させる武蔵(東京、埼玉、神奈川の一部)ぐらいだろう。
「南近江(滋賀南半分)の六角はどうでした」
「儂は欧仙殿を知っておるから驚きは少なかったが、かの御仁一言でいえば異質じゃな」
六角四郎こと六角定頼さんは、史実だと家臣を観音寺城城下に集めて他の城は破却という一国一城令の先駆けをやったり、楽市令を最初に行って城下に商人を集めて商業を発展させたり、周辺の大名家や管領と婚姻関係を結んで友好関係を深めたり、浅井を攻めて従属させたりと軍功、内政、外交に結構チートなことをやってる御仁だ。
「今後の毛利の東進にちょっかいを出してくるとしたら六角じゃな」
「朝倉はどうでしょう?」
「朝倉は一乗谷という箱庭を侵さなければ出て来んじゃろ」
「朝倉と六角が結びませんか?」
「ああ、細川晴元か。六角領では痕跡すら引っかからなかったからすっかり忘れておった」
俺の指摘に尼子経久さんはカンカラと笑う。半年以上、表に出ることなく近江周辺で暗躍しているのだ何もしてないハズがないんだよなぁ。
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