第169話 小田原城陥落する(切っ掛けが酷すぎる)
1534年(天文3年)2月
「首領。ご報告があります」
先ごろ2代目貫蔵の名を継いだ義息でもある今川近時くんもとい今川貫蔵くんが部屋の隅の陰から滲むように姿を現した。
「東で動きがありました」
我が施薬不動院において武田氏と今川氏で行われた談合のことが動き出したらしい。
まず武蔵(東京、埼玉、神奈川の一部)の武田信虎さんが武田晴信くんを総大将に兵6,000を率いて、相模(神奈川の大部分)の玉縄城を包囲した。
この動きに北条氏綱さんは慌てて今川氏輝さんに救援を求め、今川氏輝さんは弟の今川彦五郎くんに兵2,000を率いさせて相模の小田原城に急行させる。
それを知った武田晴信くんは即座に玉縄城の包囲を解き軍を北に移動。下総(千葉北部、茨城南西部、埼玉東辺、隅田川東岸)にある葛西城に移動すると、里見氏が領する南の上総(千葉中部)を伺う。
武田氏が北条氏を攻める気配を見せたので援軍を要請し今川氏がそれに応えて軍を送った。これはよくある。今川氏の援軍を見て一戦もすることなく武田氏が撤退する。これは珍しくはない。しかし、北条氏は援軍に来た今川氏に十分な額の報酬を用意することが出来なかった。
というのも、ここ数年の東日本では日照不足による冷夏に長雨で米の育成がすこぶる悪く米不足が起きているのが原因だ。この状況に輪をかけているのが、甲斐(山梨)、上野(群馬)、武蔵(東京、埼玉、神奈川の一部)の全てと信濃(長野及び岐阜中津川の一部)の一部を領土とする武田信虎さんだ。
武田信虎さんは関東近辺の米を買い占めて米相場を引き上げている。もっとも、現代農耕の知識があるもうひとりの
話を戻そう。
援軍に来た今川氏に十分な額の報酬を用意することが出来ない北条氏。話し合いの結果として、出せるだけの兵糧と今後5年間、伊豆沖を自由に通過する事が出来る
現状で領国内に豊かな穀倉地帯を持たない今川氏が、兵糧確保の手段として武蔵との海洋交易路を確保したいというのが理由である。北条側はこれを今川側からの形を変えた5年間の不戦条約だと捉えた。まあ、今回の北条との交渉で辣腕を振るった九英承菊さんがそうなるよう誘導したようだけど。
で、援軍の報酬も決まり武田氏撃退を祝して小田原城内で行われた酒宴の席で事件が起きる。宴もたけなわというそのとき、末席にいた北条の家臣が今川の家臣に因縁を付けたのが始まりだ。
「今川の援軍がなくとも武田の山猿ごとき楽に捻り潰せた!」
「結果論で高飛車になれるとは羨ましい頭じゃな」
「なにを!」
「やんのかてめぇ」
君らどこぞのヤンキー(死語)かな?というような口喧嘩が勃発し、殴り合いに発展した。そして、喧嘩を仲裁しようとした九英承菊さんが殴られて、組み付かれて左腕を折られるという大怪我をした。
「なんじゃごらぁあ、喧嘩売るんかぁ?殺ったるわ」
怪我した九英承菊さんをみて面子を潰されたと感じた今川彦五郎くんが大激怒。城内で派手な破壊工作を行いながら城外へ脱出すると、待機していた今川軍2,000人をもって攻城戦を開始した。喧嘩の勃発から城内での破壊工作、城外脱出までがスムーズ過ぎる。間違いなく今川側の仕込みだろう。祖父や父、本人が元は駿河(静岡中部から北東部)出身だったという北条氏の家臣は意外に多いからね。
そのあと駿河から後詰めできた、今川氏家臣の瀬名貞清さんの兵3,000人と合流し小田原城は陥落。北条氏綱さんは玉縄城へと落ち延びていったという。
「で、万が一の時を考え次男彦九郎殿を匿って欲しいと」
「はっ。箱根権現の40世別当からもよしなにと」
そういって今川貫蔵くんの後ろに控えていた厳つい顔の大男、大道寺盛昌さんは懐から箱根権現の40世別当である伊勢長綱さんの手紙を取り出す。伊勢長綱さんは北条氏綱さんの弟だ。
「よろしくお願いします」
大道寺盛昌さんの横に座っていた北条彦九郎くんが頭を下げる。
「承知した。ところで新九郎殿は?左京大夫殿と玉縄城ですか?」
「兄は・・・」
ふっと北条彦九郎くんが視線を逸らす。あれ、聞いちゃいけなかった案件?
「毛利家のご家臣とは言え北条家嫡男である新九郎殿の居場所を教えることはできませんぞ」
大道寺盛昌さんが苦笑いをする。
「そうです首領。首領と甲斐(山梨)武田が昵懇なのは北条も承知しております」
今川貫蔵くんが意味あり気に視線を送ってくる。
「ああ、彦九郎殿が俺の元に来たのは毛利と武田との離間の計も兼ねてのことか」
俺は視線の意味・・・今回の今川の北条攻めが毛利と武田と今川の談合結果だと知って揺さぶってきているのだと理解してわざとらしくポンと手を打つ。
「「ソ、ソンナコトナイデスヨー」」
大道寺盛昌さんと北条彦九郎くんが顔面を蒼白にして否定する。まあそういうことにしておいてやろう。
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