第161話 姫山城の戦い -猫時計-
- 播磨(兵庫南西部) 姫山城前 毛利元就本陣内 -
「ほれ、ほれ毛玉よ。小魚だ」
朝餉に出た味噌を溶いた野菜汁の出汁に使った煮干しを手に、元就さまが藤で編んだ籠を覗き込む。
「御屋形様。煮干しは適量でお願いしますよ?」
「言われなくても判っている」
籠の側で控えていた北郷美華ちゃんの言葉に、元就さまはあまり判っていなさそうな返事をしているのを見て俺は思わず笑ってしまう。毛玉というのは、明(中国)から輸入した八匹の猫のなかで、一番貧相な顔をした白と黒のハチワレ柄の猫の名前である。
ちなみに、猫が日本の歴史に登場するのは弥生時代の九州。この時代の遺跡からイエネコの骨が出土した事から始まる。おそらく中国大陸から稲作農耕が伝来した際に、豚や鶏といった家畜と共に鼠を駆除する益獣として持ち込まれたものだと考えられる。
猫という名前の語源は、「鼠を好む」。「良く寝る寝子」「虎にそっくりな如虎」から来たという説もあるようだ。
また、猫が最初に文献に登場するのは平安時代初期に書かれた日本国現報善悪霊異記という最古の説話集。
豊前(福岡北東部から大分北部)の膳臣広国という男が急死して地獄をめぐっていたときに自分の父親と再会。膳臣広国は、家で飼っていた猫が転生した自分の父親であり、腹一杯ごはんを食べるのに大変苦労したという「なろう」系な話を聞いたというものが最初らしい。
平成の世で世界を席巻した
「御屋形様。刻限です」
籠を覗いていた北郷美華ちゃんが、猫時計によって作戦開始の時間が来たことを告げる。猫時計とは、猫の瞳が明るい所では細長く、暗い所では大きく広げるという性質を利用した時間を知るためのカラクリだ。
ものすごく大雑把な時間しか解らないけど、時間が知りたいのではなく時間を合わせたいだけだから問題はない。いまごろは、姫山城を遠巻きに包囲している他の軍も歩調を合わせて動き出しているだろう。
どーん
本陣から見て北の方角。自走砲「灰色熊」を率いている毛利少輔太郎くんが陣を張っている方角から大気を震わせる破裂音が鳴り響く。猫時計はきちんと機能したらしい。まあ、猫の瞳孔の開き具合なんて、数回研修すればそうそう間違いは起こらないだろうけどね。
「攻撃の時間あわせをするだけなら、「灰色熊」の轟音だけでよかろうに」
元就さまは苦笑いをする。
「猫時計にも少なくない予算が掛かってますからね」
「はっ。戦で役に立たなくても、主上や公卿に献上するから問題はないだろ」
「それを言ったら御仕舞ですよ」
俺と元就さまは悪い顔をして笑う。
今回の上洛戦に連れてきた猫たちは、戦で使える使えないに関わらず、即位式のあとに行われる北近江(滋賀北半分)の坂本で行われる作戦の事前工作に使われる。
天皇の日記や「枕草子」、「源氏物語」といった物語にしか出てこない希少な愛玩動物だからね。効果は抜群だろう。広島城ではじめて元就さまにお披露目したときも大変な騒ぎが起きたよ。家臣団の間でも人気が沸騰し、現在買い付けのために2隻の帆船が明に向けて出航しているぐらいだ。
どーん
2回目の轟音が鳴り響く。
「御屋形様。「灰色熊」の二発目が姫山城の城門に命中しました」
組まれた櫓の上にいた観測員からの報告が入る。
「味方は?」
「進撃速度、上がりました」
俺の質問に観測員が答える。
「そうか。念のため「灰色熊」に砲撃停止命令を」
「はいっ」
北郷美華ちゃんは、籠の横に置いてあった旗を手に取り大きく振る。すると、少し離れたところにいた兵士が地面に設置された筒に火縄を投げ落とし、急いでしゃがんで両手で自分の耳を塞ぐ。
どん
ひゅるるるる
ぱん
空に白い煙がたなびく。
「花火とか言ったかな?仕組みは「三国崩し」と同じなのに、攻撃に使えないのは残念だ」
「はい。鋭意開発はしているんですが、色々と越えないといけない壁がありますからね」
元就さまの言葉に俺はそう返す。目標に命中したときに弾頭が起爆するタイプの砲弾は、ガチャで手引書でも出ない限り、色々と越えなければならない技術が多すぎるのだ。
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