第150話 甲斐に入る

1532年(天文元年)12月下旬


- 甲斐(山梨) 躑躅ヶ崎館 -


「お初にお目にかかります。毛利家家臣、畝方石見介元近と申します」


「こちらこそ遠路はるばるようお越しくださいました。武田家当主、武田左京大夫信虎と申します」


 ふたりして深々と挨拶をする。宮廷官位ではお互いが従五位下。片や名門武家の当主で片やぽっと出だが朝廷にも太いパイプを持つ大大名の重臣。なんというか微妙な身分差である。もっとも来春には、俺は主上の即位式の献金を評価され正五位施薬大輔(施薬院使では相当する官位が無いので象のようにそれらしいのをでっち上げる事になったようだ)になる予定だったりする。


「しかし驚きました。冬の甲斐に楽に入ることが出来るとは思っていませんでした」


 素直に感嘆の言葉を告げる。そう。武蔵(東京、埼玉、神奈川の一部)から甲斐まで、冬は雪に閉ざされる事が多いハズの道までマカダム舗装によって整備されていたのだ。つまり余程の大雪でも降って積もらない限り甲斐と武蔵が雪で遮断され難いということだ。


「うむ。我らは道を整備することで「兵は拙速を尊ぶ」を身をもって知ったからの。道の整備には力を入れておる。その辺は毛利殿も同じことをやっておると聞きましたぞ」


 武田信虎さんは、ニコニコしながら指摘する。まあ、コンクリやマカダム舗装を知っているなら、それらを使って運用することまで知っているのは不思議ではない。

 よくよく聞くと、騎馬による軍団や馬車のような輜重隊も整備しているという。なるほど。信濃(長野及び岐阜中津川の一部)の東、甲斐、武蔵、上野(群馬)をほぼ武田の支配下に収めているのはこれが理由か。

 ちなみに古河公方は滅亡。山内上杉氏と扇谷上杉氏は山内上杉氏前当主である上杉憲房の正室で扇谷上杉氏の現当主の上杉朝興さんの叔母に当たる人が武田信虎さんの側室に入ってることもあって、ほぼ武田家に臣従に近い従属状態になっているそうだ。


「では、お願いしていた泥かぶれの調査状況を、途中経過で構いませんので報告をお願いします」


「うむ。源四郎。泥被りの史料を頼む」


 武田信虎さんの側に控えていた青年が「はっ」と声を上げて部屋を出ていく。源四郎・・・源四郎・・・名字を聞けば誰か判るんだろうけど、まあいいか。


「お持ちいたしました」


 しばらくして源四郎くんがたくさんの紙を持って入ってくる。


「泥かぶれ末期の者の確保は?」


「ほう。病気の治療をするのかね?」


 俺の問いに武田信虎さんが興味深そうに尋ねる。


「いえ。残念ながら、泥かぶれの症状の末期の者は手遅れです。救えないでしょう」


「そうか・・・」


 武田信虎さんの顔が曇る。流石に切開して寄生虫のいる肝臓部分を除去とかスキルがないからね。


「ではなぜ?」


「腹を裂いて原因を調べるためです」


 ざわりと武田家家臣団に動揺が走る。まあ、この時代の人間にはショッキングな話か。


「死者の腹を裂くなど石見介は地獄の鬼か!」


 武将のひとりが立ち上がって叫ぶ。


「黙れ。・・・解った。泥かぶれの撲滅の為なら儂が汚名を着よう。石見介殿が死者の腹を裂いたなどと噂が出るようなら、そうだな。儂が妊婦の腹を裂いて子供を取り出したという噂にすり替えるか」


 その言葉を聞いて動揺が静まっていく。うーん。どっかで聞いたようなエピソードだな。


「ははっ。左京大夫殿が汚名を被る必要はありません。この事が悪評となっても後の世で評価されればいい」


 俺は豪快に笑って見せた。



 - 躑躅ヶ崎館の離れ -


「「何が出るかな、何が出るかな、ちゃらぁららら、ららららぁ」」


 怪しいリズムを口ずさみながらふたりの嫁さんがガチャ箱の前で踊り出す。まるで司箭院興仙さんのよう。まあいいけど。


「「何が出るかな、何が出るかな、ちゃらぁららら、ららららぁ、ぽちっとな」」


 ふたり仲良くボタンを押す。


 がしゃん。ぽん。


 SSR 炬燵(謎の熱源付き)


 ええっと・・・なんぞこれ?いや、甲府盆地は鬼のように寒いと聞くけどさ。物凄く有り難いけどさ。


「お前さまこれは?」


 松が不思議そうに尋ねる。


「火鉢の親戚かな?」


「これが?炭を入れる所はないようですが」


 久が物珍しそうに炬燵を見つめる。


「ちょっと待って」


 そう言って俺はアイテムボックスから一時期大量にガチャドロした綿の反物をパッチワークして作った一枚のせんべい布団を取り出す。ちなみにこの時代、まだ布団というものはない。畳を敷いて着ていた上着をかけてた程度だ。まあ、布団にするほど綿が普及していないというのが現状なんだけどね。

 ちなみに嫁たちにアイテムボックスのことはガチャの存在を明かした時点で教えている。


「これを上に掛けて、足を入れるとだな」


 俺は座って炬燵の中に足を突っ込むと、嫁たちもそれに倣う。


「おお暖かい」


「これは極楽か」


 嫁さんたちは顔をふにゃふにゃにしながら深いため息をつくのであった。

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