第85話別府の温泉で大内義興さんに、出会った♪

 俺はふたりの嫁と今川勘蔵さん。道中の道案内として陶興房さん。それと10人の今年とても活躍してくれた忍者の皆さんと共に慰労と湯治のため豊後(大分南部)は鶴見岳山麓に来ていた。鶴見岳山麓。またの名を別府温泉。別府、浜脇、観海寺、鉄輪、明礬、柴石、亀川の温泉が有名だ。

 新婚旅行という名の豊後諜報活動じゃないよ本当だよ?まあ慰労会の後10人の忍者の皆さんは現地解散するけどね。


「旦那様。これが血の池地獄ですか」


 久が、ほへぇーとか漫画みたいな歓声を上げる。流石に跳ね回りとかはしないけど・・・血の池地獄は日本でもっとも古い天然温泉だったかな?鉄やマグネシウムなどを多く含んだ地層に溜まった熱いお湯が、その地層の土と一緒になって地上に噴き出している。鉄は酸化すると赤くなるので、噴き出す泥は赤く熱い泥だ。まあ普通に驚くよね。

 ちなみに、希硫酸と鉄が反応して出来る硫酸鉄を含むお湯はコバルトブルーになる。そこは海地獄と呼ばれていて、この後訪れる予定だ。温泉じゃなければ、ここは有数な鉄鉱山になったんだろうなぁ。


「首領。お話が・・・」


 海地獄へ移動する途中。今川貫蔵さんがそっと耳打ちをしてくる。


「どうした」


「大内左京大夫の一行が近くに」


 どうやら近くに筑前(福岡北西部)、豊前(福岡北東部から大分北部)を領有している、因縁ある大内義興さん一向が逗留しているらしい。


「陶さんを呼んできて。挨拶にいくので先触れをお願いしたいから」


「はっ」


 今川貫蔵さんが足早に陶興房さんのほうに歩いていき説明を始める。陶興房さんはこちらをみて小さく頷くと今川貫蔵さんと一緒に歩き出す。


「松、久。俺は大内左京大夫さまに挨拶に行ってくる。お前たちは先に宿に戻っていなさい」


「あの旦那様。私たちも挨拶に赴いた方が」


 松が若干顔色を悪くしながら尋ねてくる。


「お前たちがついてきた場合、あちらも気を使うでしょう」


「そうですよ松さま」


 久がフォローしてくれた。


- ☆ -


 今川貫蔵さんの部下が教えてくれたのだが、大内義興さんは同盟相手である大友義鑑さんに会いに行く途中の逗留らしい。追い落とした側の俺が言うのもなんだが、管領代で周防(山口南東部)、長門(山口北西部)、石見(島根西部)、安芸(広島)、筑前、豊前、山城(京都府南部)の守護職を務めたほどの人の零落ぶりに涙を禁じ得ない。


「お初にお目にかかります。畝方石見介元近と申します」


「大内左京大夫義興である」


 俺の挨拶に、若干栗色の髪に灰色がかっている瞳。少し鷲鼻。うちで預かっている大内義隆くんを渋くしたダンディーオヤジが少し背中をそらせて応える。若干どころではないほどやつれた感はあるけど、なんという大内義興さんの圧。さすが元管領代。


「経緯は聞いている。義隆が世話になった」


 大内義興さんの圧がいきなり霧散する。子を心配する親父の顔だ。


「いえ、こちらとしても下心「それでもだ。感謝する」」


 そういって家臣の皆さんがいる前で頭を下げる大内義興さん。あたりに微妙な空気が流れる。なんというか察して下さいみたいな・・・


「お主の下心は解らぬし解ろうとも思わん。だが、お主のお陰で息子はいまも生きている」


 大内義興さんは視線をわずかに上に逸らす。おそらく大内義隆くんを思い出しているのだろう。


「取り込む排除する何れの手も取れたが・・・もう少し早くお主の存在に気付くべきだったな」


 大内義興さん。それは過大評価だと思います。ただ、そう元就さまが新年の挨拶の使者として出雲(島根東部)の尼子経久さんでなく周防の大内義興さんのところに送っていたら、違った、いや、この場合は時間は早かっただろうけど、史実通りに進んでいた可能性はあったんだよね。


「これからも、よろしく頼む」


 もういちど大きく大内義興さんは頭を下げる。


「ああ、申し訳ありません貫蔵。例の物を」


 話題を変えるべく、俺は、この度の慰安旅行に持ってきていたあるモノを持って来るように指示を出す。

 今川貫蔵さんと部下の男が、「はっ」と短く応えて控えの間に戻り、宿から急いで持って来たモノを、高さ50センチほどの大きな白磁の壺を抱えて戻ってくる。白磁の壺には、一輪の朱色の大輪のツバキの絵が描かれていて、中々に芸術品っぽい。なお、白磁の壺は萩で造られたものだ。


「我が領内で造られている唐芋サツマイモの焼酎と白磁の壺でございます。お納めください」


 我が領内という言葉を強調して大内義興さんに差し出す。


「うむ。ありがたく頂戴しよう」


 それからしばらく歓談し、宿に戻った俺は、松が宿に戻ってからケロケロと吐いているという報告を聞く。え、それってもしかして・・・

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