第84話大岩瀬合戦(後編)

1526年(大永6年)10月

-三人称-

-肥後(熊本)人吉-


 夜もまだ明けきらぬ時間。ぽつんと山の頂に篝火が燈る。やがて篝火からは小さな篝火・・・おそらく松明の明かりが点々と生まれて、人吉城に迫ってくる。松明の明かりに気付いていないのか、眼下の北原兼孝軍に動きはない。城内でその様子を見た相良義滋は自らの策が成ったと思った。あとは眼前の北原兼孝軍が混乱したときに乗じて城内から打って出て蹴散らせばいい。


「伊東軍が来たぞ。打って出る。準備せよ」


「はっ」


 近くに控えていた家臣がドタドタと走っていく。ほどなく北原兼孝軍の方から喧騒が響き始める。


「よし、出陣するぞ!皆の者ついて参れ!!開門!!!」


 相良義滋が声を上げると城門が開き鬨の声が上がる。


「我ら伊東家の者である。助けに参った!」


 相良義滋が指示した通り、城兵は伊東軍が来たと叫びながら北原兼孝軍へと切り込む。しかしそう叫ぶ声は、徐々に小さく少なくなっていった。

 その様子を見た相良義滋は「おかしい・・・」と呟く。


「流言に惑わされるな」


「我ら島津家配下の北郷家の者である。故あって北原軍の助力に参った」


 次第に大きくなる「我ら島津家配下で北郷家の者である」という叫び声。ここにきて相良義滋は自分の策が敵に利用されていることに気付いた。

 相良義滋の不幸は、つい最近、伊東氏と島津氏との間で一時的な不戦協定が結ばれていたこと。それを受けて伊東氏が北日向に軍を動かしたこと。北原氏が人吉城に侵攻してきたのは、北郷氏との共同作戦であったことを知らなかったことだ。


「馬鹿な。なぜこんなところに島津が!?撤退だ撤退!」

 声高に叫ぶ相良義滋の胸から槍が生えた。

 ごぽり

 相良義滋の口から大量に血が零れ落ちる。


「身なりより、さぞ身分の高い方とお見受けいたす。お覚悟を」


 兵士の一人が刀を抜いて相良義滋に斬りかかる。相良義滋は辛うじて刀で受け流すが、続いて繰り出される槍を受け流すことは出来なかった。


「相良左兵衛尉。討ち取ったり!」


「「「「「おおっ!相良左兵衛尉。討ち取ったり!」」」」」


 討ち取った人間が兜首だったからだろうか。相良義滋を討ち取ったという声が木霊のように喧伝される。たちまちのうちに相良軍は潰走を始めた。


「一気に人吉城を落とせ!」


 夜が明ける頃には人吉城は陥落し、肥後相良氏はここに滅亡する。人吉城を陥落させた北郷忠相・北原兼孝軍はそのまま北上を開始。南日向の相良領の占領を開始。

 また時を同じくして北上を開始した薩州家の島津実久軍により、天草諸島の国人衆である志岐氏、天草氏、大矢野氏、上津浦氏、栖本氏が揃って島津氏に降伏する。これで南肥後は島津氏の支配するところとなったのである。


 人吉城で相良氏が滅亡して程なく豊後の大友義鑑が田北親貞を総大将に兵3000で矢部の阿蘇惟豊を攻めた。

 阿蘇惟豊は、ほとんど抵抗することなく日向の伊東氏を頼って落ち延びる。また矢部から南にある阿蘇惟長・惟前の籠もる堅志田城を包囲。阿蘇惟長は自刃して果て、嫡男である惟前は島津氏を頼って、南の薩摩へと落ち延び、ここに阿蘇氏が滅亡する。肥後は北を大友氏が南を島津氏が支配する地となった。


 - 筑前 -


「日に日に大友修理大夫の圧力が厳しくなるばかり。どうか、仲裁をお願いいたしたく」


 筑後の大内派国人である西牟田親毎が、同じ境遇にある溝口氏、川崎氏、星野氏連名の書状を持って大内義興との面会に望んでいた。


「大友修理大夫殿の干渉はそこまで苛烈か・・・」


 大内義興は露骨に顔を顰める。大友義鑑には少弐に切り取られた筑前領の奪還のときに力を借りた借りがある。強く言えない事情があった。だが、ここで大友義鑑に抗議しておかないと、筑後での大内氏の影響が著しく低下する可能性がある。


「なにとぞよろしく。なにとぞよろしく」


 西牟田親毎は床に頭をこすりつけるようにして重要なことなのでといわないばかりに2度告げる。


「あい解った。すぐにでも大友修理大夫殿と話し合おう・・・」


 大内義興は深く溜め息をついた。

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