第83話大岩瀬合戦(前編)

1526年(大永6年)10月


 - 三人称 -


 2年前。肥後(熊本)の南を支配する相良氏の第十四代頭領であった相良長祗が従叔父(父の従兄弟)である相良長定に下剋上され殺害されるという犬童の乱が起きた。それが今年になって、相良長祗の庶長子である相良義滋とその庶弟である瑞堅によって再び下剋上されるという因果応報な事件が発生する。

 相良長定は肥後の北である筑後に逃亡するが、今度は相良長定を日吉城から追い出した瑞堅が還俗して相良長隆を名乗り相良氏頭領を宣言する。しかし、人吉城を攻めるにあたり僧籍の身にありながら観音寺の常塔伽藍に火をかけ、観音寺の僧舎が全焼したこと。その火が近隣の願成寺の金堂も延焼するなど洒落にならない被害が出た。

 相良長隆の挙兵に参じた200人ほどの僧兵や門徒の大半が離れたという。結果、ビックリするほど相良長隆の元に相良氏の群臣は集まらず、相良義滋に討たれてしまう。この辺、本当にややこしい。

 で、当然のことだが、この混乱は周辺の勢力から干渉を受けることになる。その勢力とは、肥後の南に位置する薩摩の島津氏。肥後の東に位置する日向の伊東氏。そして北肥後の菊池氏とその背後にいる大友氏だ。

 まず動いたのが日向(宮崎)の伊東氏家臣である北原兼孝が率いる兵2000。瞬く間に人吉城を取り囲むと、大岩瀬や球磨川の中洲。対岸にある地蔵山宗厳寺などに布陣する。



 日が落ちる直前の球磨川を数艘の小舟が近付いていることに北原兼孝軍の兵士は気付く。


「大将。船が接近しています」


 この報告はすぐさまに北原兼孝に伝わる。


「ん?人吉城に食料を運び込むつもりか!」


 部下からの報告に、北原兼孝は敵の意図を悟る。


「舟を破壊しろ。食料を奪え、いや、焼いてしまえ!」


 北原兼孝は躊躇することなく焼き払うことを命令すると、たちまちのうちに中洲の中川原と川の対岸から火矢が放たれる。やがて川の水面に巨大な篝火が掲げられ、「これ以上やらせるな!」という叫び声と共に人吉城から兵が繰り出されてくる。


「一人も生きて帰すな!」


 号令が発せられ人吉城城兵に矢が射掛けられ、城兵はバタバタと倒れる。混乱したところに北原兼孝軍の歩兵が突撃をかける。たちまちのうちに城兵は討ち取られていく。


「えいえいおー」


 北原兼孝軍から勝鬨が上がった。


 - ☆ -


 人吉城城内


「くそが!」


 相良義滋が八つ当たり気味に部屋の壁を蹴り飛ばす。バガンという派手な音を立てて壁に穴が開く。


「殿これ以上は!」


 慌てて数人の家臣が相良義滋を取り押さえる。ふごーふごーと人とは思えない鼻息をあげていた相良義滋は、取り押さえられたことで冷静さを取り戻したらしく大人しくなった。


「皆越貞当を援軍に呼べ」


「城は囲まれています・・・」


 相良義滋の声に家臣が反論する。再び相良義滋の鼻息が荒くなっていく。


「左兵衛尉殿。拙僧が皆越殿の元に出向きましょう。書状とそれを包む油紙を用意して下され」


「樹薫殿。行ってくれるのか?」


 祐玉寺の僧で樹薫という男が援軍要請の使者になることを志願する。相良義滋は急いで救援を要請すること、その際に実行してもらいたい策をしたためると油紙に包み樹薫に渡す。


「必ずや・・・」


 樹薫はふんどしひとつの姿になると、着物と手紙を頭の上に括りつけ晩秋の球磨川に飛び込む。相良義滋は、厭戦気分が蔓延していた城内に「明朝に伊東家から後詰めが来る。その際に城からも打って出る」と告げた。



「も、もう少しで死ぬところだった」


 晩秋の冷たい水を泳ぎ切って、球磨川の下流にある矢黒の瀬に上陸した樹薫は、間道を通って皆越に到着した。


「何者だ!ここより先は皆越の領主の館ぞ」


 とっぷりと日が暮れた中、煌々と輝く松明越しに声がする。


「拙僧は祐玉寺の僧で樹薫という者だ。人吉の相良左兵衛尉さまより、皆越安芸守さまに急ぎの文を持って参りました」


 松明越しに鎧を着た武者が姿を現し、樹薫はほっと胸を撫でおろす。


「なに、相良からの手紙だと?見せてみろ」


 そう言って松明を持っていた男が手を差し出すので、樹薫は懐から油紙に包まれた手紙を差し出す。


「判った。上に取り次ぐので、ついてこい」


 手紙を返してもらい、館の前まで連れていかれた樹薫は、そこで兵士が「相良」と自分が仕えている領主の更に上の人間であるハズの相良氏のことを呼び捨てたことに気付く。


「あの・・・皆越安芸守さまは?」


「うん?今ここには、北郷左衛門尉忠相さまが逗留されておるぞ?」


 男の言葉と、館の門の上に掲げられた丸に十字の旗物差しを見た樹薫は絶句するのであった。

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