第54話痛い引き分け
- 石見(島根西部)-
福屋正兼軍を急襲するといったな?あれはウソだ・・・いや現実をみよう。いま俺たちは福屋正兼軍と戦っている。恐らく和議締結後に元就さまが東に引かないように道を塞ぎに来たのだろう。
奇襲されたとか、包囲網に飛び込んだとかでないのが幸いだったが状況はあまりよくない。遭遇した相手との兵力差はこちらが有利だが、福屋正兼が更に言うなら大内義興がこちらにどれだけの兵を差し向けているのかが正直読めない。
「撤退だ!俺が
「そりゃあ、いけませんぜ大将」
俺の命令に副官も務める周藤九太が顔を顰める。
「はっはっはっ!お前らの上司のちょっと凄い所を見せてやろう」
俺は愛用の丈八蛇矛を構えると近くにいた敵の槍兵たちに切り込む。
「うはっ大将に続け!」
いや、いいから早く逃げろよ。ぶんと丈八蛇矛を振るう度に敵兵が色々な部品へと解体されていく。阿鼻叫喚の地獄絵だ。「ひぃ!」と情けない声を上げながら敵兵が散り始める。意外に士気が低いな。
あ、弓兵が20人ぐらい弓を構えつつこっちに向かって来てる。
「うはっ」
矢が飛んでくるのを見て、思わず丈八蛇矛を風車のように回す。バキバキと木のへし折れる音が響き、飛来した矢が足元に落ちる。
「大将すげぇな!!」
「いいから早く逃げろよ」
「あ、いや、ここで生き残ってるの、もう俺と大将ぐらいしか残ってませんぜ?」
言われて辺りを見回すと・・・数十体の遺体以外は敵も味方も一目散に北に南に逃げていくのが見える。やって来た弓兵も一射しただけで逃げてるな。
ああ、元就さまの足先を変えるだけなら、遠目にたくさん旗を立てての偽兵だけでもいいから、こちらに数を割いていないのかな?いや、楽観視するのは良くないな。調子に乗って追撃して包囲されても洒落にならない。
「逃げる・・・か」
「ですな」
これ以上ここにいても、危険が増すだけなので逃げることにした。
-☆-
それから俺たちは、無事に矢滝城への帰還を果たした。いや、欲をかかず素直に撤退していれば戦死者18人の追加は無かった損害だよな・・・
矢滝城の執務室に入ると城将である桂広澄さん、司箭院興仙さん。後詰めに来た佐波秀連さん、小笠原長隆さん。そして虎仮面の世鬼煙蔵さんが待っていた。
「よくぞご無事で」
桂広澄さんの言葉に俺は「ありがとうございます」と頭を下げる。
「益田も福屋もまだ姿も見えないというのは僥倖ですが、それで、本城の殿はどうなっていますか?」
「はっ。和議は成立。毛利としては石見で増えた城はありませんが、お味方になった出羽殿に二ツ山城が移譲されました。また、殿は和議締結後に南の吉川領に撤退を開始したそうです」
世鬼煙蔵さんが答える。
「そうですか・・・」
結局、毛利氏と高橋氏の間で結ばれた和議は・・・
・毛利氏と高橋氏の間で1年間の不戦条約。
・高橋氏の安芸にある高橋領の放棄。
・毛利氏が今回石見で占領した高橋領のうち二ツ山城を出羽氏に移譲する以外はすべてを放棄。
・安芸で捕らえた高橋弘厚を筆頭とした高橋一族18人の身柄を銭1万貫で全て引き取る。
・本城を包囲する毛利軍の吉川領への速やかな撤退。
・和議を斡旋した大内氏に心付けとして5000貫を寄進。
である。なんだか三者ともに微妙に・・・いや、高橋氏は滅亡回避が出来ただけでも御の字か。なお和議交渉の席に大内側の代表で出てきたのは大内義隆と陶興房だったそうだ。
で、大内義隆は元就さまたちが大豆コーヒーと飲むのに使っていた
「さて、大内はどう動きますかね?」
俺は全員に視線を巡らせる。
「まずは矢筈城」
司箭院興仙さんが笑う。まあそれが妥当か・・・
「佐波さま小笠原さま。しばらく当城で逗留してください。費用は持ちます」
「宜しいので?」
佐波秀連さんが尋ねる。
「乱取りぐらいはしないと収支が合いますまい」
益田も福屋もやっとこ城らしくなった矢筈城を落としてもほぼ赤字。なら最低でも近接して発展が見える矢滝城の城下で乱取りぐらいは目論むだろう。その抑止なら駐留費ぐらいは出してもいい。
「受け賜わった。お言葉に甘えますぞ」
佐波秀連さんと小笠原長隆さんはそう言って頷いた。
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