第47話坂氏の乱
- 安芸(広島) -
SIDE 三人称
夜の帳が降りる日下津城の屋敷の一室。年老いて丸くなった鐘馗といった風貌の男と若い琵琶法師が対面していた。
「祇園精舍の鐘の声おぉぉ~諸行無常の響きありぃい~娑羅双樹の花の色おぉおぉ~盛者必衰の理を現すぅう。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
日下津城城主である坂広時の前で、ひとりの琵琶法師が平家物語を朗々と唄っていた。坂広時は手紙を読みながら琵琶法師の唄を聞いている。手紙の差出人は周防(山口南東部)の守護大名である大内義興。坂広時は毛利氏内にあって親大内派の筆頭であり、親尼子派の筆頭である元就が毛利氏頭領の代行に就いたことに不満を持っていて、密かに大内義興と連絡を取っていた。
『周防権介(大内義興)さまは、少輔次郎(毛利元就)を排して少輔三郎(相合元綱)さまを担げといった。少輔三郎さまは承諾してくださったが・・・』
坂広時は深くため息をつく。この時代、弱小国人が一族で仕える主家を違えるというのは珍しくない。どころか、近隣大名の勢力次第で糸の切れた凧のように仕える旗を代えることも珍しくない。
現頭領代行である毛利元就は、いまは亡き長兄の毛利興元の嫡男である毛利幸松丸を京へと追放し、親尼子派を突っ走っている。たまらず大内義興に連絡を取り策を授けて貰った。
それは、尼子氏の重臣である亀井秀綱と謀って毛利元就を蹴落とし相合元綱を頭領代行に据えること。
成功すれば問題なく、失敗しても毛利元就と尼子氏との間に亀裂が入って、大内派に引き込めることが出来るかもしれない。そう驚くことに、尼子氏の筆頭家老格である亀井秀綱は親大内派の人間だったのだ。
「うん?」
坂広時は外から聞こえてくる喧騒に気付き視線を窓に向ける。
「近く本朝をうかがふに、承平の(平)将門、天慶の(藤原)純友、康和の(源)義親、平治の(藤原)信賴、これらは奢れる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、間近くは六波羅の入道、前太政大臣平朝臣 (平)清盛公と申しし人のありさま、傳へ承るこそ心も言葉も及ばれね」
琵琶法師の声が琵琶の音が一段と高く、高く響く。その音量に広時は気を取られる。
どがっ
荒々しい足音と共に部屋を隔てる襖が蹴破られ、鎧を着た数人の武士が乱入してくる。
「坂長門守とお見受けした。大人しく討たれよ」
「なんだと」
「お前たち親子の企みはすでに露見している!覚悟」
そういって武士は刀を振り下ろす。坂広時はさしたる抵抗も出来ず斬られるのであった。
同時刻、坂城
鍾馗さまのような顔の男が長い槍を持って迫りくる武士を相手に戦っていた。すでに周りは燃え盛る炎で煌々と照らされている。
「坂広秀。貴様ら親子の企みなど、俺が告げなくとも殿は全てお見通しだったぞ!」
涼やかな目元が印象的な若武者は爽やかな笑顔で坂広秀に斬りかかる。
「おのれ元綱!我らをたばかったかぁ!!」
坂広秀は、目の前の相合元綱が振り下ろした刀を槍で弾く。そう。坂親子の企みは、彼らが亀井秀綱と接触した時点で目を付けられていた。坂親子が元綱に元就の押し込めを持ちかけた直後に、新参者である畝方元近が相合元綱に接触し、企てにわざと乗ることを提案してきたのだ。
相合元綱は畝方元近から農業技術の提供を対価に坂親子との密談に応じ、その情報を逐一、兄である毛利元就に流していた。そして、ついに年明けすぐにクーデターを実行するという段階に至り、毛利元就は先手を打って、坂親子の城に攻め込んだのだ。相合元綱が先陣を切って攻め込んだのは、毛利元就に二心がない事を証明するためでもあった。
「うおぉおおおおお!」
坂広秀が槍を突き出し相合元綱がそれを受け流す。
「殿お下がりを!」
弓を携えた相合元綱の部下が増援に駆け付けたのを見て、相合元綱は一歩下がる。
「矢を放て!」
命令のもと、十何本もの矢が坂広秀に襲い掛かる。坂広秀は槍を車輪のように振り回して叩き落とす。
「力尽きるまで手を休めるな!!」
それから二度三度、矢が坂広秀に襲い掛かり広秀はハリネズミのようになる。
「お覚悟!」
降りそそぐ矢の隙間を縫って、相合元綱は素早く坂広秀の懐に潜り込むと、刀を跳ね上げた。
どっ
坂広秀の首が切り落とされ、首から間欠泉のように血が噴き出す。
「坂広秀、討ち取ったり。勝鬨をあげろ!!」
坂広秀の首を掲げ、相合元綱は叫んだ。史実では元綱事件もしくは船山城の戦いと呼ばれるはずだった戦いは坂氏の謀反未遂事件として幕を閉じた。
なお、坂広秀の嫡男である坂新五左衛門尉はクーデターの失敗を知るや、安芸の国人で大内派の平賀興貞の元に逃げ込んで命を長らえるのであった。
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