第44話寧波の乱

SIDE 三人称


1523年(大永3年)5月


 中国の寧波に向けて、日本から3隻の遣明船が海の上を航行していた。風が動力である遣明船が中国に行くには、春か秋に吹く東北の季節風に乗らなくてはならない。5月以降は季節風が西南西に変わるため、まさにギリギリのタイミングだったが、なんとか間に合ったようだ。


「港が見てきましたぁ」


 見張り員が大声をあげる。


「謙道さま。港が見えましたぜぇ」


甲板にいた船員が船内に向かって叫ぶ。


「あれは」


 今回、大内義興の命を受け寧波に向っていた。船員の声を聞いたらしい、2メートル近いガッチリした体躯の熊のような風貌の顔の男、謙道宗設は甲板に出てきたが、港に係留されている5隻の船を見て目玉をひん剥いた。

 そこにあったのは、日本から来たと思われる帆に細川氏の家紋が描かれた遣明船。それは、主である大内義興にもたらされた、明との貿易を永久に保証した管領細川高国による大内氏への裏切り情報が正しかった事を意味している。


「全員。戦闘配置につけ。敵は管領細川高国の遣明船だ」


 謙道宗設が船内に向かって叫ぶ。数分もしないうちに、対倭寇のための兵士が武器を手に持って甲板に出てくる。それは追走する残り2隻も同じだった。船はすべるように港へと侵入し接岸すると兵士を吐き出していく。


「徹底的に破壊しろ!」


「「「「「おう」」」」」


 謙道宗設の命令に兵士が応える。たちまちのうちに港中が怒号と悲鳴が包まれる。


「何事だ!」


 喧騒に気付いた背の低いタヌキ顔の男、鸞岡端佐が船から降りてくる。


「うおぉぉぉぉ!」


 それをみた謙道宗設が怒声を上げながら駆け寄り、大上段から刀を振り下ろす。


「なんだぁあ!」


 鸞岡端佐は思わず右腕を上げてガードする。

 ごぎっ、ざん!

 絶望的な身長差のせいか、鈍い音とともに鸞岡端佐の右腕は斬り飛ばされ、そのまま袈裟切りに切られる。


「ぎぃやぁ!!!!」


 鸞岡端佐が出来たのは悲鳴を上げる事だけだった。


「お前たち何をしている!」


 港を守る兵が駆けつける。


「やっちまえ!」


 騒動は広がるばかりだった。



「では検査も含めよろしくお願いします」


「うむ判った」


 そういって病的に痩せた狐顔の男、細川方の副使である宋素卿は彼とは対照的にふくよかな狐顔の男、寧波の市舶司大監の役人である頼恩に布袋を渡す。頼恩は袋の口を開け、中身が極印銀であることを確認すると、手元にあった勘合貿易に必要な正徳の本字一号から百号の印が押された100枚の割符を渡す。

 宋素卿は、1年前に倭寇を通じて明王朝に対し「大内氏の館が火事で焼けて勘合が焼失した」という嘘の陳情をして正徳の本字号割符を手に入れた。今後使う捏造割符の見本でもある。賄賂で何とかなるぐらいにはこの国は腐っていた。


「さて」


 一仕事終えた宋素卿は自分たちの船に戻ろうと建物を出る。そして信じられない光景をみた。それは豪華に燃え盛る細川高国が派遣した遣明船だったもの。宋素卿はその場で華麗にターンを決めると全速力で逃げだすのだった。



SIDE 主人公


1523年(大永3年)7月


「それは、随分やらかしましたね・・・」


 矢滝城の仮執務室で、虎の覆面を被った今川貫蔵さんから寧波で起きた騒乱の詳細を聞きながら大きなため息をつく。寧波の港で大暴れした謙道宗設の軍は、逃げた宋素卿を追って紹興城へと攻め込み明の役人を殺害。宋素卿は更に北へと逃げたようだが、彼が真新しい100枚の割符を持っていたことが発覚し、即座に逮捕投獄されたという。

 その後、謙道宗設は図々しくも明との交易を行い、交易品を満載して筑前(福岡北西部)博多港に帰還したらしい。当然のことだが、追いかけるようにして明から使者がやって来て大内氏と細川氏に対して猛烈な抗議があったようだ。大内氏も細川氏も弁明のための遣明船を送る準備をしているそうだけど、派遣できるのは偏西風の関係で秋ごろになる。


「貫蔵さん。文左衛門に、銀と刀剣をそれなりに都合ができると、代わりに材木を買い付けてくるように伝えておいてください」


 今川貫蔵さんは「御意」と頭を下げて出ていった。史実通りの展開である以上、1529年には寧波の市舶司大監は廃止されるだろう。

 これで、大内氏が明貿易を再開する1536年までのあいだ大内氏の資金源のひとつを絶てたのは大きい。

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