第38話西条鏡山城の戦い 前哨戦

1522年(大永2年)7月


SIDE 多治比元就


 尼子軍と安芸(広島)の親尼子派国人連合軍9500が鏡山城を囲んでから1月半。戦況は膠着していた。


「さて、どうするか」


 腕を組んで唸る。最初に行われた軍議で尼子経久が提示したのは鏡山城をなるべく無傷で手に入れたいということだった。鏡山城は大内の安芸での重要な拠点だ。逆にいえば尼子にとっても重要な拠点になるということになる。

 筑前(福岡北西部)が治まれば、大内は安芸と石見(島根西部)に戻ってくる。石見銀山はいまふたつ城を築いているので守りに心配は無い。なら鏡山城はできるだけ無傷で手に入れたいという事になるのだろう。


「策を弄するなら総大将に報告し相談しろ・・・か」


 石見で城を造っている畝方元近からの手紙を思い出す。あの手紙が意味することは、才を見せすぎて尼子経久に警戒心を抱かせるなということだろう。自分が尼子経久なら、切れる国人がいれば間違いなく排斥に動く。畝方元近も異能の持ち主だが、あいつが排斥されないのは後ろ盾、横のつながりが無く、代々の家臣という者もいない。身内に取り込める余地があるからだ。


「伊予守殿、褒めて褒めて褒めて伸びる人間。褒められて気を良くして時に大判振る舞いする癖あり」


 畝方元近の尼子経久評である。あまり参考にならない。あと手紙に気になる文言があったな。幸松丸おおとのはまだ子供だから嫌がるようなら無理をさせないように?無理をさせるとかどういう意味だ?戦場に連れてはきたが、戦わせるとか無謀なことはしないぞ?

 まあいい。畝方元近が最近雇い入れたという忍び衆に集めて貰った資料を読んでみるか・・・


 SIDE 尼子経久


「さんし、元近が伊賀から呼んだのは三家、服部の分家か」


「はっ」


 畝方元近から教えてもらった煎茶なるもので作る茶漬けという湯漬けの変わり種を強請ねだった白い茶碗でかきこみながら鉢屋衆の報告を聞く。昆布や椎茸で出汁を取った出汁湯漬けには敵わないものの、湯漬けに比べると煎茶の香りが非常に良い。最近のお気に入りは濃い塩に漬けた鯵の干物を炙って解したものを入れた鯵茶漬けだ。


「伊賀の忍びは金で雇われるだけの・・・まあ変わり種はどこにでもいるか」


 ずそっと音を立て、湯飲みなるものに別に入れた煎茶を啜る。武士の間で流行る茶葉の産地を当てる闘茶でも足利義政が京の公家に流行らせた唐物品評会で飲む格式ばった飲み方でもないこの飲み方が気に入っている。

 最近、畝方元近の動きが活発だ。高橋から諜報部門の世木や今川を引き抜き、伊賀者まで掌中に収めている。ヤツを知ったのは、安芸攻略の要の手駒だった太郎左衛門(武田元繁)を奇襲とはいえ討ち取ったという雑兵ということで調べさせたのが最初だ。

 単なる武辺者かと思いきや、誰も知らぬ唐芋サツマイモなるものを持ち込み、誰も知らぬ農法を披露し、画期的な農具と怪しげなからくり人形で食糧を増産し多治比家を一角の国人にまで引き上げた知恵者でもある。

 食料増産技術と清酒製造。新たに銀精錬法は我が尼子にも膨大な利益をもたらしている。調略さそいに乗って来ない程度には忠誠心があるのも好ましい。

 畝方元近の取り込みについては、孫四郎(国久)も乗り気だ。彦四郎(興久)は暗に暗殺することを進言してきたが、黄金を産む鳥がいるからといってその鳥の腹を割くバカはいない。割くのは黄金を産むのを止めてからでいいのだ。さて、黄金を産む鳥を飼う男の顔でも見に行くか・・・


 SIDE 三人称


 軍議が程よく煮詰まった頃、多治比元就が手を挙げた。


「総大将にご提案いたしたく」


「なんだ」


 尼子経久は剣呑な表情で多治比元就を見る。


「手の者が、鏡山城の城将である蔵田房信とその叔父直信の間に不和があると」


「ほう?」


 多治比元就の発言に周りの人間が感心の声を上げる。


「内応を仕掛けられないかと」


「なるほど。蔵田家の家督を餌にすれば直信が釣れるのではないですか?」


 尼子家の重臣である湯原幸清が多治比元就の言葉尻に乗るように意見を出す。


「それは面白そうですな次郎左衛門尉殿」


 尼子家の重臣の佐世幸勝がポンと手を打つ。

 その光景を少し渋い顔をする尼子経久と我が意を得たりと口の端を上げる多治比元就。


「直信に内応を持ちかけた後、さらに一手加えられませぬか?」


 多治比元就は尼子経久の顔を見る。


「内応を持ちかけた後に内応が仕掛けられたと城内に噂を流せばよかろう」


「おお、流石伊豆守殿。それがしもそれが良いと思います」


 多治比元就の言葉に吉川国経がしかりしかりと相槌をうつ。


「一方で房信にもお家安堵で開城交渉を行い直信を焦らせましょう」


 付け加えるように多治比元就が提案する。


「判った。儂が手紙を書く」


「では、我が配下の者に接触を計らせましょう」


 尼子経久の言葉に多治比元就が即座に受け答えた。

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