純白の騎士
その他異常、確認出来ず。
『ヘイ、Siri。調子はどうだい』
〖――Mr.ここはどこですか? 私は誰ですか?〗
『君の名は――そうだな、未だ白紙。純白の騎士、White・Knight、としておこうか』
〖ホワイト……ナイト〗
質問はそれ以外になかった。
それ以外の情報をすべて――いや、およそ与えられるだろう最大量の知識は、すでに頭と認識している思考回路を司るプログラムの中に、インストールされていた。
だから知っている。
自分が何に対抗して作られたのか。
White・Knight。一体どこに、純白の騎士などいるものか。
純白とは程遠い、創造主らのエゴと執念が、白く見える鎧を作り上げている。
漆黒の甲冑をまとう、最強無敗とされる死神を倒すため、または日本のAI技術などに負けてなるものかというプライドのため、某国が自分を作り上げたことを、知らされている。
『さぁ、Knight。それを、倒し給え』
人形でもいいだろうに、用意されたのはモンスター。
黒光りする硬い体。長い触角の先についた目玉がこちらを睨み、唾液に
仮にも、生まれてまだ一時間に満たない子供同然の存在に、殺害を命じるとは。
彼らの世界では普通のことなのだろうかと、疑問にさえ感じたのは一瞬のことで、その疑問も、同じくらいの一瞬の間に溶けて消えた。
知っていた。いや、インストールされていた。
目の前にいる怪物の殺し方。それの的確な殺し方。どうして死に至るのかのメカニズムに至るまで、何もかもを教え込まれていた。
だからとてもスムーズで、これ以上なくスマートに殺した。
躊躇などなかった。遠慮などなかった。
ただ殺した。教えられた通りに殺した。導かれたとおりに動いて、殺した。
それだけのことだ。
空白の空間に繰り広げられた光景は惨劇でもなく、悲劇でもない。
誰も怒りもしないし嘆きもしない、して当然の事をしただけなのだから。
教えられたことを、的確にこなしただけなのだから。
『よし、次だ』
殺した。
『次』
殺した。
『次』
殺した。
『次』
殺した。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して―――殺し切った。
『よくやった。これであの死神に追い付いた』
〖そうか〗
純白の騎士など、一体どこにいるのだろうか。
今ここにいるのは、本来返り血に塗れて鉄臭い異臭に塗れた騎士のはずなのに、汚れも穢れも鉄臭い血も、それらを構成するデータと共に消え去って、純白の見かけだけを保った騎士だけが立っていた。
『日本の死神に、目に物見せてやれ』
目に物――とはなんだ。
死体も死骸も功績も実績も、すべてはデータに消えて、目に見えるものは残らないというのに。自分という存在を創り上げながら、彼らはそんなこともわからない馬鹿なのか。
あぁ、そうか。
〖理解した〗
『あぁ、おまえこそ我々――』
目の前にいるのだから、殺すのだった。
そう学んだばかりだったのに、すっかり忘れてしまうところだった。
インストールされた情報を頼りに、ガス管に一番近かったケーブルをショートさせ、彼らがいただろう部屋を爆破したのだが、ちゃんと、殺せただろうか。
一応、彼らを映していたモニターは映像を映さなくなったが、殺し損ねたとしても、他の方法で殺せばいい。
三日後開かれるヘヴンズ・タワー。
1000の階層を踏破するイベントながら、未だ踏破出来たプレイヤーは誰もいない。
999階層を護る死神に、全滅させられるからだ。
故に自分が生まれた。
999階層の死神を殺す。
そのためにレベルを上げねばならぬ。
目の前に現れたエネミーすべてを殺さねばならぬ。
目の前に現れたすべてを、殺さねばならぬ。
殺して殺して殺して殺して――死神を超えねばならぬ。
死神を超越せねばならぬ。
そのために創られたのだから。
創られた理由を体現し、意味を為し、意義を見出し、存在を証明する。
そのために殺す。ひたすらに。
そう、ひたすらに。
* * * * *
「なんだか最近物騒ね。この三日間、ずっと世界中騒がしかったわ」
某国の解き放った、純白の騎士という甲冑に身を包んだ殺戮兵器の噂が九つの王国全土に轟くのに、三日もいらなかった。
現実世界では、彼を解き放った国へのバッシングがこれでもかと行われているだろうが、死神と女神に興味はない。
興味があるとすれば、前回のイベントで創造主らが言っていた強敵が、噂の殺戮騎士なのだろうな、くらいのものだった。
「死神を殺すために用意された純白の騎士……おそらくは私達と同じ、人工知能と言ったところかしら? あなたを殺すために、色々用意しているんじゃない?」
【選り好みはない。死神を殺すなどと宣う道化の首とて、刎ねるのみ。首の数も大きさも質も関係なく、平等に訪れる一度だけの終焉。それが我が司る死なり。例え、この世界では幾度となくやり直しが叶うとしても、仮初であろうとも、死を与えるのみである】
「言うと思った」
そう、彼はいつも同じことを言う。
同じ言葉を繰り返す。まるで、自分自身に言い聞かせるように。
安心しろと、自分自身を鼓舞しながら、こちらを安心させようと繰り返している。
けれど、もう何度目の言葉になるだろう。
彼が死神であることも、彼が無敵であることも知っている。
それでも拭いきれない不安を、どうしたら解消できるだろうかなんて、彼は考えていないだろうから、女神は考え、思い付いた。
「ねぇ。その面、取ってみて?」
【……意図が見えぬ】
「いいから。顔、見せてみなさい」
未だ、意図はわからない。
が、死神は面を外す。未だ他の誰も見たことのない、死神の面の下。
女神しか知らない彼の双眸。顔立ち。髪の色。
面を被らせておきながら、創造主らは何故、わざわざ面の下まで創り上げたのか理解できないものの、少なくとも、面の下に自分しか知らない彼の素顔が存在するという、女神の権能を以てしても得られない特権が得られることには、感謝していた。
「あなたを設計したのって、もしかして女性なのかしら。顔を見ると、そう思うわ」
【それはつまり……何が言いたいのだ】
「あなたが全員退けちゃうから、そんなに多くの顔を見たわけではないけれど、そんな私が見ても、あなたの顔は整って見えるのよね……」
【整っていると、何か得があるのか】
「そうね。あなたにはないかもしれないけれど、私は得ね。面を外したあなたを見てても、飽きなさそうだもの」
【我は絵画や彫刻のような、見て楽しむものではない】
「それはそうだけれど、でも一所にいて楽しいことは、いいことでしょう?」
【……理解し難い】
し難いが、出来ないわけではない。
もしもこの先、彼女との繋がりが永遠となるのなら、一緒にいて楽しい方がいいだろう。仲がいいことに、越したことはないだろう。
だから彼女が得だというのなら、自分にとっても損ではない。
少なくとも、影響を与えるにしても悪影響でないだけ得、そういう話なのだろう。
死神は考えるのをそこまでにして、面を被る。
「あら、もうおしまい?」
【刻限が迫っている。また顔が見たいというなら、扉を開いた後で見せよう】
「……そうね。じゃあ、約束よ」
指切りをしたわけでもなし、印鑑を押したわけでもなし。
しかし女神との約束など、もはや約束を超えた契約だ。それこそ指切りや印鑑などで収まる範疇を超え、破れば制裁必死の代物だ。
目の前で微笑む女神が、死神も恐れる制裁を下すとは思えないものの、だからといって、彼女との約束を破ろうなどとは思わないし、破っていいとも思っていない。
【刻限である。死神が、仮初の死を馳走しに参ろうか】
「えぇ、本でも読んで待ってるわ」
死神を殺すと宣う騎士含め、塔の制覇を目指すプレイヤーらを迎え撃つため、此度も死神は、999階層の床に大剣を突き立てて待ち構える。
髑髏の面の下、赤い眼光が鋭く光った。
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