序章 その11


「し、しかし……ずいぶんと静かになってきたな」


 一人のサムライがそう語る。たしかに、先ほどからゾンビや双頭のバケモノの襲撃がなくなっていた。


 かなりの数を倒したこともある、戦闘はこれで終わりなのだろうか?


「……いや。逆に静かすぎるかもな。気配を消すためにあえて静寂を装う……今度の戦の序盤じゃ、オレたち僧兵はそうやってミカド側の兵士を襲ったもんだぜ」


「ほー。なかなか勘のいいガキやな。タヌキのうちには分かる、強烈なんが来とるぅ!」


 タヌキ女がおどけた顔になり両腕を大きくあげてそう叫んだ瞬間のことだ。


 夜空の月をおおい隠すほどの巨体が、塀を乗り越えて出現する。骨で出来た鎧を身にまとった『巨人』。


 その顔には五つも眼球があり、耳元まで裂けた口からは鋭い牙がいくつも飛び出していた。


「うぎゃああああああああ!た、タヌキがバケモノ呼びやがったああ!」


「ちゃうわああああ!うち、冗談のつもりやったんやあああ!」


「……バカな。こんな巨大なヤツの接近に気がつかねえなんて、見張りは一体―――」


 天歌は気がつく。タヌキの足下に倒れているスケベ男こそ見張りであったことを。タヌキは天歌の視線がその男に注がれていることで、ピンときたらしい。


「ご、ごめん。なんか、うちもちょっと悪いみたいです……?」


『SYHAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHッッ<』


 巨人が咆吼し、空へと飛翔した。その巨体を活かしてサムライたちを押しつぶす気らしい。


 皆が悲鳴をあげてその場から必死になって逃げようとした。だが、逃げ遅れた何人もの兵士たちがダイブしてきたその巨体に無残に押しつぶされてしまう。


 巨人はニヤリと笑いながら、己が踏みつぶした兵士をひとり指先でつまんで持ち上げると、そのままゴクリと一呑みにしてしまった。


 食欲はおさまらないらしい。巨人は兵士の遺体も倒されたゾンビもお構いなしに、つぎつぎとその大きな口に運んでいく。


「で、デカい。デカすぎるだろ……っ!」


 生き残った兵士たちもその圧倒的な『食事』を目の当たりにすると、士気が萎えてしまう。


 体力・気力ともに限界が近づいていた状況で、この巨人だ。いくらなんでも勝てる気がしない。ヒトは絶望的な状況に陥ったとき、あきらめてしまうもので―――。


「うおらあああああああああああああああッッ<」


 タヌキの『お里』は夜空にそいつが飛ぶ姿を目撃した。牙をむき出しにしたケモノ。いや、あの恐ろしく強い僧兵の少年の姿だった。


 彼は屋根の上を走ってつくりだした助走を用いて、こともあろうにあの巨人へ飛びかかっていたのだ。


 ずしゃああああああああああ!


 天歌が巨人の頭に槍を突き立てた。巨人が爆音のような悲鳴をあげる。その悲鳴に気を良くしたのだろう、少年は槍はぐりぐりと動かして更なるダメージを与えんとした。


 だが、巨人は大暴れだ。大きな左右の腕をぶん回して、己の頭にいる少年を払い落とそうとする。天歌の体に腕の一振りが命中し、彼の体を大きく吹っ飛ばした!


「が、がきんちょおおおおおおおおおッ!」


 い、今のは死んだ。さすがに死んだ。お里は確信する。吹っ飛ばされた少年の体は荒れ寺の屋根に命中し、それを貫いてしまった。


 屋根には大きな穴がぽっかりと開いてしまっている、あれで助かるとは思えない。だが、他人の死を悼んでいる場合でもなさそうだ。


 怒り狂う巨人が首だけを回してお里たちをじっと見下ろしてきた。巨人の顔を見て何人かのサムライが失禁してしまう。


 眼球に見えていた場所にあったのは、不気味なことに人間の顔面だった。老若男女さまざまな人間の頭が、笑顔や怒り顔に泣き顔と、いろいろな表情を浮かべ、『眼球』の代わりとなって五つの眼窩に収まっているではないか。

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